夜中、寒さで目が覚めた。誰もいないキャンプ場の夜。
私は生まれてはじめて、
雪が降る音を聞いた。

レヴォーグで旅する青森県の旅

2022.02.28 | #15 Aomori Touring /Day5:STAY「つがる地球村」

久しぶりに都心に雪が積もった。
翌朝、一晩で10cm積もった雪で社会は混乱した。しかし私は、夜半に窓から見た銀世界が忘れられない。しん、と静まり返る街の異世界のような雰囲気が忘れられない。心の底の冒険心が頭をもたげる。本物の豪雪地帯に行ったら、どれほどの景色が待っているのだろう、と。
「冬の青森にキャンプに行く」。
そう友人に話すと、大概は驚かれ、心配され、ときに突飛な思いつきを笑われたりもした。それでも私の思いは揺るがない。
青森県つがる市「つがる地球村」。そこには、モンゴルから取り寄せた本物のゲルが設置され、予約があれば冬でも利用可能なのだという。いつか目にしたそんな情報と先日の銀世界が重なり、私の決意は固まった。
すぐに電話で予約を取る。電話口で対応してくれた成田氏という職員は、とくに驚いたふうでもなく淡々と手続きを進めた。
青森市から弘前市を経てつがる市に向かうルートは、津軽の象徴・岩木山に見守られるような道だ。
青森市からは遠く霞んで見えていた姿が、弘前に近づくに連れてはっきりと見えてくる。それは「山」という漢字の成り立ちを思わせる、3つの頂が連なる美しい姿。山裾は広くなだらかに広がり、悠然とした佇まいを見せる。その岩木山の麓をぐるりと廻るようにつがる市方面へ向かうと、山の姿は形を変える。鋭く尖ったひとつの頂上と、ゴツゴツと雄々しい山肌。
どれも同じ岩木山だ。しかし見る場所によりこれほどまでも姿を変える。きっと世の中の物事も、この岩木山と同じことなのだろう。名峰に見守られた心穏やかな私は、ふとそんなことを考える。
青森県 岩木山を目の前に、颯爽と雪道を走るレヴォーグ(クリスタルホワイトパール) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 レヴォーグの車内から岩木山を眺める | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 つがる地球村のゲル前でレヴォーグ(クリスタルホワイトパール)から荷下ろしする | SUBARU グランドツーリングNIPPON
道中は雪深くも穏やかな道のりだった。到着した「つがる地球村」も、天候に恵まれたせいか、深い雪に包まれながら、どこかのんびりとした空気が流れている。
電話で話した成田氏が出迎えてくれる。
が、ここでもやはり淡々と事務手続きを進め、冷静に注意事項や施設の扱いを説明する。話の接穂を失った私は、ついどうでも良いことを尋ねてしまう。
「いつも私服でお勤めなんですか?」。
「今日は私、休みなんです」。
成田氏の言葉を聞いて、私は理解した。津軽に生きる“津軽衆”の人柄。無口で、シャイで、だが心の底が本当に温かい。この淡々と見える成田氏も、心配して休みをおしてやってきてくれたのだろう。
「今は雪以外何もないですけど、春になると見事に桜が咲くんですよ。私が一番好きな景色かな」。
少し打ち解けた成田氏は、ポツリポツリと自分のことを話してくれた。
田舎が嫌で故郷を飛び出したこと。都会で暮らしながら、いつも心のどこかで「何かが足りない」と思い続けたこと。あるとき、夜行列車で故郷に戻る際、山形あたりで夜が明けた。その景色を見て、足りなかったものに気がついたという。
その“足りなかったもの”を成田氏は明言しなかった。だが、この雪と自然以外何もないような場所に居る私には、少しだけ彼の思いが理解できた。
青森県 「つがる地球村」の成田氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
ゲルの中は意外にも快適だった。薪ストーブに火がある間は、寒さに凍えることもない。薄暗く、静寂に包まれた幕のなかにいると、さまざまな思いが浮かんだ。私は遠い草原の国に思いを馳せながら、この希少な体験を噛み締めた。
ゲルの中では調理ができないため、雪深い屋外に出て食事の準備をした。凍えてしまわぬうちに、とにかく手早さを重視した食事を準備する。だが、雪の中で味わう料理は、しみじみと美味い。冷えた体との温度差で、熱い料理が口から喉を通り、胃に落ちていくまでを感覚で理解できた。
日没はあっという間だった。
ストーブとランタンの灯りは、読書をするにも心もとない。テーブルには生ハムとパンとリンゴ、少しのシードル。できることといえば、ストーブの中で揺らめく炎を見つめることくらい。
そんな何もない時間が、なぜこれほどまでに、満たされているのだろう。
時折、ぽっかりと空いた時間は、過去の失敗や失言を思い出させて私を赤面させることがある。だが今日のやさしい空白は、ただ海中を漂うクラゲのように、私の心を穏やかに浮遊させてくれる。ほどなく私は寝袋の中で、心地よい眠りに落ちた。
青森県 「つがる地球村」ゲルの中にある薪ストーブ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 夕暮れの「つがる地球村」ゲルとレヴォーグ(クリスタルホワイトパール) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
夜半、寒さで目が覚めた。2時間ほど眠っただろうか。吐く息が白い。見ればストーブの薪が燃え尽きて、熾火になっている。私は屋外の薪棚に向かうために上着を羽織る。
ゲルの扉を開くと、雪が降っていた。客のいない深夜のキャンプ場。おそろしいほどの静寂。
そこで私は生まれてはじめて、雪の降る音を聞いた。
それはレースのカーテンを優しく撫でるような、無音に近い摩擦音。時折、降り積もった雪が自重で圧縮され、キュッと音を立てる。これまでに何億年と繰り返されてきた音。もしいつか地上から人間がいなくなっても、変わらずに鳴り続けるであろう音。
心がゾワゾワと騒ぐ。本当にさまざまな思いが渦巻いたが、一言でいえばそれは、感動だったのだろう。私はしばし寒さも忘れ、その空気に浸っていた。
青森県 「つがる地球村」ゲル内の食事 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
2時間に一度、寒さで目覚め、ストーブに薪を足して再び眠る。そんなことを何度か繰り返していると、夜が明けた。
夜明けが待ち遠しかった気分と、あの静寂の夜がいつまでも続いて欲しいという思い。半々の気分のまま、まっさらな雪の上に立つ。空は青く澄んでいた。
「なんて良い朝だ」。
何が、とは言い切れないが、私の心は昨日までの私と変わっていた。それはこの足跡のない雪原のような、これから新たな一歩が始まるという高揚感だったのかもしれない。

DATA

つがる地球村
住所:青森県つがる市森田町床舞藤山244
電話:0173-26-2855   
URL:http://chikyuumura.co.jp/
関連記事
青森県 「おおわに自然村 生ハム工房」とレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON

#16 Aomori Touring /Day6:EAT「パン屋といとい・おおわに自然村 生ハム工房・弘前シードル工房kimori」

人を思い、故郷を思い、未来を想う。
心のこもった3種の食材を前に、私はこの地の食の豊かさを知った。

青森に関する他の旅紀行も読む

Aomori

青森県 「おおわに自然村 生ハム工房」とレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON

#16 Aomori Touring /Day6:EAT
「パン屋といとい・おおわに自然村 生ハム工房・弘前シードル工房kimori」

人を思い、故郷を思い、未来を想う。
心のこもった3種の食材を前に、
私はこの地の食の豊かさを知った。

青森県 早朝の「みなと食堂」とレヴォーグ(クリスタルホワイトパール) | SUBARU グランドツーリングNIPPON

#19 Aomori Touring /Day9:EAT
「八戸市営魚彩小売市場・みなと食堂・ドライブイン汐風」

北国の魚は美味い。漠然と思っていたそんな印象。
3軒の店で得た実体験により、私の印象は確信に変わった。

レヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
すべての移動を感動に変えるクルマ
クルマの移動をもっと特別に。
もっとしあわせに。
LEVORG WEB SITE
レヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
すべての移動を感動に変えるクルマ
クルマの移動をもっと特別に。
もっとしあわせに。
LEVORG WEB SITE
レヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
すべての移動を
感動に変えるクルマ
クルマの移動をもっと特別に。
もっとしあわせに。
LEVORG WEB SITE