都会から来たシェフが、青森の食材の魅力を伝える店。
そのおいしさは旅の1ページとして、
私の心に強く刻まれた。

レヴォーグで旅する青森県の旅

2022.03.07 | #17 Aomori Touring /Day7:EAT「カーサ・デル・チーボ」

旅の途上での食事は、旅の印象自体を左右する。良い料理に出合うと、その土地の魅力まで増して胸に刻まれるものだ。
だから私は旅の中で訪れる店を、慎重に選ぶ。別にレストランでなくとも、食堂でも、なんでも良い。条件はひとつ。そこでなければ味わえないもの。そして私は青森で、心に刻まれる味と巡り合った。
その店は八戸にあった。
津軽地方を旅の拠点にしていた私には、本州を横断するような道のりだ。部分的に開通している飛び飛びの高速道路に乗ったり降りたりしながら、じわじわと東を目指した。
走るごとに、目に見えて雪が減ってきた。そういえば太平洋側の八戸は津軽地方と比べて雪がだいぶ少ないという話だった。だがそのかわり、寒さは厳しい。試しに車の窓を少し開けてみる。骨身に染みるような寒さだった。空気は少し重く、潮の香りを含み、そして透んでいた。車は八戸の市街地を通り過ぎ、住宅地に差し掛かる。海の気配がいっそう強くなる。そして目的地に到着した。
青森県 津軽の海岸沿いを走るレヴォーグ(クリスタルホワイトパール) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
『Casa del cibo』という名のその店は、一見普通の住宅のように街に溶け込んでいた。アプローチをたどり、扉を開く。店内から溢れ出した暖気が、凍えた体を包んだ。いや暖気だけではない。客を迎え入れ、もてなそうというこの店から溢れる思いにも包まれたのだろう。花瓶の花、磨き抜かれた無垢材の床、マダムの笑顔、そんなすべての要素が、長い道のりで凝り固まっていた心を解したのだ。
青森県 「カーサ・デル・チーボ」マダム | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 「カーサ・デル・チーボ」内観 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 「カーサ・デル・チーボ」テーブルに置かれた花 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
そして素晴らしい晩餐がスタートした。
ジャンルは、イタリアン。それも主食材が明確にあり、趣向を凝らしたソースが彩る王道だ。メニューの文字を眺めてみても、彼の地で長く愛され、認められてきた正統派の組み合わせが予想される。
だが、卓に届けられる皿を見ると、予想は簡単に覆される。
たとえば前菜のタコのトマト煮。真っ赤なトマトソースで煮込まれたタコを予想していたが、届いたのは茶色い出汁で煮込まれた、まるでおでんのようなビジュアル。口にしてみると、さらなる驚きが待っていた。
歯を押し返す弾力がありながら、そこからわずかに力を込めるとサクッと噛み切れる絶妙な柔らかさ。そして口に広がる凝縮された旨味。出汁はドライトマトの風味が広がる。たしかにメニュー名の通りタコのトマト煮ではある。だが、完全に未知のおいしさに出合った感動が胸に押し寄せた。
この完璧な、たった一点の頂点を見極めるような火入れは、きっと誰かに習ったり、本で学んだものではないだろう。細かな調整をしながら何度も何度も繰り返し、失敗も乗り越えながら到達したもの。大げさな話だが、ひとりの料理人の人生が詰まっているような、そんな凄みのある火入れだと思った。
青森県 「カーサ・デル・チーボ」で供されるタコのトマト煮 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
オープンキッチンに立つシェフと目が合った。どこか都会的な雰囲気のある人物だ。これも勝手な印象だが、料理を楽しむというよりも、一瞬の油断もなく、まるで冷静な研究者のように料理と向き合っているように見えた。
料理の合間を縫って、彼、池見良平シェフと話をした。言葉のひとつひとつから料理への情熱が伝わり、シェフの料理がいっそう好きになった。
神奈川県で生まれ、東京で働いていたが、10年ほど前に奥様の故郷である青森に移ったこと。移ってはみたものの、地元で受け入れられるまでにさまざまな苦難があったこと。いまでは魚介を探すために日々漁港や市場を自らの足で巡ること。
「ここでしかできないことをしないと、来た意味がない」
そんな真摯で真っ直ぐな言葉から伝わるのは、地元愛という曖昧なものでさえない。それはたとえば“責務”のような、池見シェフが自分自身に課した約束のように聞こえた。
「カーサ・デル・チーボ」キッチンで料理をする池見氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
パスタは鮑とその肝を使う料理だった。これもまた驚かされる。肝は伸ばしてソースにするものだと思っていたが、ここでは手打ち麺自体に肝が練り込まれていた。だから鮑を引き立てる肝の風味はしっかりあるのに、さっぱりとした後味が生まれていた。
メインディッシュの鴨も圧巻だった。胸肉のまわりをミンチで巻き、外側を皮で包んで香ばしく焼き上げるバロティーヌ仕立て。内臓はミンチに、ガラは出汁に。一皿に鴨のすべてが凝縮され、ひと口ごとに異なる味わいが広がる。
青森県 「カーサ・デル・チーボ」鮑と鮑肝を練り込んだパスタ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 「カーサ・デル・チーボ」メインディッシュ 鴨のバロティーヌ仕立て | SUBARU グランドツーリングNIPPON
技術、発想、素材の知識。すべてが揃っていることがわかる。だがもうひとつ、何か突出したものがある。それでないと、これほどまでに驚きに満ちた料理の説明がつかない。
「シェフにとっての料理の理想形とはどんなものですか?」
見えない答えを探すように大味な質問を投げる。シェフの答えは明確だった。
「まずおいしいことが大前提。加えて、驚きがあり、見た目が良く、コストパフォーマンスに優れていること。これが料理の完成形だと思います」
少し考えて合点がいった。シェフの中の重要課題にコストパフォーマンスが含まれていること。それはつまり、地元に目を向けていることの証明だ。家族連れがお祝いに使ったり、若者が少しだけ背伸びをして訪れられる店。地元の人が繰り返し通える店。それが地方でレストランを開く意味であり、醍醐味なのだろう。
池見シェフは、こうも言った。
「洋食ですから、手をかけてなんぼという思いはあります。ひとつの料理に6時間、7時間とかけて素材とソースの相乗効果を生み出す。そうしたときに改めて、素材の良さが活きてくるんです。青森に来なければ、自分の料理は生まれていなかったと思います」
池見シェフの突出したもうひとつの才能。それは地元の食材への信頼、地元への誇り。都会からやってきたシェフだからこそできる、この地の魅力を伝えようという想いなのだろう。だからこそこの『カーサ・デル・チーボ』は、旅の1ページとして心に刻まれたのだ。
青森県 「カーサ・デル・チーボ」池見氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
青森県 「カーサ・デル・チーボ」と新旧のレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON

DATA

カーサ・デル・チーボ
住所:青森県八戸市湊高台1-19-6
電話:0178-20-9646   
URL:http://www.casa-del-cibo.com/
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