知る前と、知った後。
磁器に込められた情熱に触れるたびに、
その美しい白さはいっそう私の胸に迫った。

レヴォーグで旅する佐賀県の旅

2022.03.22 | #22 Saga Touring /Day3:EXPERIENCE「伊万里焼 畑萬陶苑」

知識とは不思議なもので、無形でありながら私達の人生に多大な影響力を持つ。ある知識を得る前と得た後では、物の見え方ががらりと変わってしまうことさえある。
今回の旅でいえば、磁器がそれだ。
伊万里を訪れる前の私は、磁器に強い思い入れはなかった。それは道具としてあまりに完成された美しさで、まるで人の手で作られたものではないように見えていたから。大量生産・大量消費社会の反動として“手作り感”や“一点もの”にばかり注目が集まるなか、磁器はその完成度の高さにより、かえって興味の枠から外れてしまっていたのだろう。
私は考えが至っていなかった。
人の手で、人の手らしからぬものを作るのがどれほど難しいか、ということに。
そこに込められた職人たちの技、先人たちの物語に。
佐賀県 「畑萬陶苑」絵付け職人による濃み(だみ) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
伊万里焼とは特定の製品ではなく伊万里の港から出荷された陶磁器の総称として使われた言葉だ。有田焼や長崎県の波佐見焼も、伊万里焼に分類される。
しかし一般的に伊万里焼といえば、まず鍋島焼が想起されることが多いだろう。端正な素地に繊細な絵付けがなされた食器。将軍家への献上品として発展してきた歴史を持つ高級磁器だ。
鍋島焼の産地である大川内山に向かうべく車を走らせた。伊万里市街を離れ山道を進むと、車窓の景色はやがて街から里山へ、そして深い山へと変わってきた。開いた窓から流れ込む空気も、山の匂いに変わる。さらに山道を進み、関所跡の柱を過ぎる。場所ではなく、時間を移動しているような錯覚にとらわれる。2車線の道路が整備され、決して危険な山道ではないが、かつてこの場所が山間に潜む隠れ里であったことは容易に想像できた。
佐賀県 伊万里市街を走るレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
そして車は、「秘窯(ひよう)の里・大川内山」に到着した。 駐車場に車を停め、工房の見学を予約していた『畑萬陶苑』に向かうと、同社5代目の畑石修嗣氏が出迎えてくれた。畑石氏の案内で工房を歩く。
窓越しに絵付け職人の後ろ姿が見えた。 背中からでも緊張感が伝わってくる。極限まで集中し、筆に魂を込めるように絵を描いているのだろう。角度を変えると職人の手元が見えた。ゆっくりと、しかし確実に描き出される繊細な線。これができるようになるまで、どれほどの修練が必要なのだろう。
佐賀県 「畑萬陶苑」職人と完成した伊万里焼の花瓶 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
工房を見学しながら、畑石氏の話は続く。将軍家献上品として鍋島焼は門外不出の技術で作られてきたという。
たとえば分業制。成形、窯詰み、火入れ、下絵、上絵。それぞれの作業を分業にすることで、技術の流出を防いできた。
失敗した器は割って捨てていたが、破片を繋ぎ合わせて色柄が流出しないよう、複数の場所に分けて捨てていたという話も興味深かった。この山間に隠れるような里の立地も、情報秘匿の側面があったのかもしれない。
土地の歴史への造詣が深い畑石氏の話から理解できたのは、この鍋島焼の足跡と、そして畑石氏に溢れる先人たちへの敬意だ。
「当時の窯は一度火を入れたら不眠不休で何日も見守る必要がある登り窯。使用される燃料も大量のため火を入れるのは年に数回だけでした。その少ない試行回数の中でこれほど技術を磨いてきたのは、半端ではない執念ですよね」。
畑石氏はそう言った。
佐賀県 伊万里焼 工房「畑萬陶苑」5代目畑石修嗣氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
工房を一周して、入り口のショップに戻った。製作工程を見学した後だけに、絵柄の凄み胸に響く。磁器の表面のガラス性の層である釉薬の下に描く下絵と、上に描く上絵で独特の奥行きや立体感を表現する鍋島焼の特徴が際立って見えた。
そのなかで細かい梅の模様が立体的に描かれた器に目が止まった。
「これも鍋島焼ですか?」。
私が問うと、畑石氏は「もちろん」と笑う。聞けば先代より受け継がれる、『畑萬陶苑』オリジナルの梅詰という絵柄なのだという。訓練を積んだ人間は、これほど精密な仕事ができるのか、と思わせるほどの繊細な柄だった。
佐賀県 「畑萬陶苑」オリジナル絵柄「梅詰」が描かれたティーカップ | SUBARU グランドツーリングNIPPON
次いで目に入ったのは、植物が写実的に、立体的に描かれた皿。フランス・パリを中心に活躍する渥美創太シェフ率いるレストラン『MAISON』監修のもとで制作されたものだという。西洋的なモダンな器でありながら、たしかに今まで見てきた鍋島焼と共通する透明感と立体感がある。
佐賀県 フランス・パリを拠点に活動する渥美創太シェフ率いるレストラン「MAISON」監修で作られた植物が描かれた皿 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
そう、畑石氏は、ただ過去の栄光に縋っているのではなかった。歴史に敬意を払いながら、未来を描く。その両輪が、この『畑萬陶苑』を支えているのだ。
「先人たちの技術を使わせてもらいながら、今、自分たちが歴史を築いているのだと思います」。
そんな言葉に、この工房の美しさの理由が凝縮されていた。人の手の気配がないほど完成された鍋島焼。そこに至るまでに繰り返された過去、現在の職人たちの物語を想像するほどに、その鮮やかな文様はいっそう美しい。
佐賀県 「畑萬陶苑」絵付け職人による濃み(だみ) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「畑萬陶苑」内観 | SUBARU グランドツーリングNIPPON

DATA

畑萬陶苑
住所:佐賀県伊万里市大川内町乙1820
電話:0955-23-2784   
URL:https://hataman.jp/
   https://hataman.shop-pro.jp/
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