静かに石に問いかけ、自然な姿のまま器へと変える。
それは私が知らなかった磁器のひとつの答え。

レヴォーグで旅する佐賀県の旅

2022.03.25 | #25 Saga Touring /Day6:EXPERIENCE「文祥窯」

唐津、有田、伊万里。私は佐賀県で、いくつもの陶磁器の産地を訪ねた。そこで職人の話を聞き、そこに込められた想いを知り、その奥深き世界の一端に触れた。知るごとに陶磁器は美しく、鮮やかになる。大げさではなく、佐賀の体験を通して私の器の見方は変わりつつある。
さあ次はどこを訪ねよう。
私の旅の中で、窯元めぐりは大きなウェイトを占め始めていた。
今日の目的地は『文祥窯』だ。どうやらこの窯元にも、粘土づくりから成形、焼入れ、絵入れまですべてひとりで行うという珍しい陶芸家がいるらしい。私は期待を胸に、山道をたどる。景色は市街地から里山へと変わる。木々の隙間に時折見える海に、この地の港から各地へと運び出される伊万里焼の幻想を見る。いくつかの分かれ道に『この先、文祥窯』の看板があった。まるで温かく招かれているような高揚感に包まれながら急なカーブをいくつか越えた後、私は目的地に到着した。
この窯の主・馬場光二郎氏は、にこやかに私を出迎えてくれた。一見、気難しそうだと思った氏への第一印象は、瞬く間に塗り替えられた。
佐賀県 工房「文祥窯」アトリエと代表 馬場氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
さっそく馬場氏に案内され、工房を見学する。そこに並んでいる器は、私の見てきた有田焼とも伊万里焼とも違った。その器は真っ白ではなく、灰色がかっていた。表面には、現代の価値観では“失敗”とされる黒点も浮いていた。しかし、それらの器は、手に取って触れてみたくなるような不思議な魅力を放っていた。
「なぜこのような器を?」
穏やかな馬場氏の物腰に甘え、私は率直に尋ねる。馬場氏は真っ直ぐな答えを返してくれた。
「砂糖を精製して上白糖にするように、石を精製して白くする。私にはそれが自然なこととは思えませんでした。石が本来持っている色は素晴らしい。そんな石そのものを器にしていきたい」
佐賀県 工房「文祥窯」灰色がかった焼き物 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
400年かけて追求された白さがあり、馬場氏のような自然回帰の考え方もある。それは考えの違いであり、どちらが正しいというものではないだろう。無論、馬場氏も、他を否定するわけではない。しかしその信念が揺らぐこともない。
「400年前に有田で生まれた日本初の磁器には、有田泉山という山の石が使われていました。今は大規模に掘り尽くされて閉山してしまいましたが、個人でお願いしてそこの石を拾わせてもらっています。ここでしか、自分でしかできないものづくり。そんなものを目指しています」
佐賀県 工房「文祥窯」絵付け作業をする代表 馬場氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
馬場氏が目指すのは、この地で産声を上げた400年前の初期伊万里。黒点が出るのも、表面のうわぐすりが垂れるのも、自然なことだと考えているのだ。泉山の石は粘り気が少なく、成形が難しいという。石を砕いて粘土から作る陶芸家は少なく、自分自身で試行錯誤するしか方法はないという。それでも馬場氏は、一歩ずつ、自分がなすべきことをする。
「石がどうなりたいのか。それを問いかけながら器にします」
馬場氏はそうも言った。有田焼には400年の歴史がある。だが石が形成されるまでには数万年、数十万年という桁違いの歴史がある。だから石そのものを器にすることが、自然であり、大切なこと。
「こういう器を“作った”ではなく、こういう器に“なった”という感覚。自分は石がもともと“こうなりたかった形”になる手伝いをするだけ」
佐賀県 工房「文祥窯」乾燥中の焼き物 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 工房「文祥窯」乾燥中の焼き物 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
ときに難解な哲学のような馬場氏の言葉。しかしその言葉は不思議と胸に染み込んでくる。独特の風合いがあり、ずっと手元に置いておきたい存在感がある馬場氏の器の魅力の理由が、少しずつ見えてきた。
「料理を乗せて完成、のひとつ先。食べ終わった後の姿が美しい器でありたい。愉しく食べて、おいしく完食した、その後の姿です」
それが馬場氏の目指す理想の器。そこにはもしかすると、油や汚れが残っているかもしれない。しかしそれは道具として使用された紛れもない証拠。そこに美を見出すことが、馬場氏の目指す姿なのだ。
それから馬場氏に連れられて、かの泉山を訪ねた。夢中で石を拾う馬場氏は、私の存在を忘れてしまったかのようだった。いま、新たに採石場を見つけ、その石で試作の途中なのだという。次の春には新たに粘土を精製する設備を導入するという。
そんな話を目を輝かせて聞かせてくれた馬場氏。まるで子供のように純粋で真っ直ぐで、しかし決して曲げない芯がある。そんな馬場氏の姿に、美しい紋が刻まれた灰色の器が重なる。
「これまで400年続いてきたものだから、これから先も400年続けなくてはいけない。私は次の世代にバトンを渡すリレー走者のようなもの」
泉山の採石場で、馬場氏はそう言った。
それは自然を壊し、石を彫り尽くすのではなく、自然から素材を分けてもらい、そこに少しだけ手を加えて形にすること。それこそがこの地で長く繰り返されてきた“文化”の在りようだ。まるで大地そのものに触れているかのような馬場氏の器を通し、そして馬場氏に案内されて泉山の景色を通し、私は自然と人間文化の美しい調和を感じた。
佐賀県 「泉山」で石を拾う「文祥窯」代表 馬場氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「泉山」と「文祥窯」代表 馬場氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON

DATA

文祥窯
住所:佐賀県伊万里市二里町大里甲1561-22
URL:https://bunshogama.com/
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