銘酒の世界観を体験する酒蔵オーベルジュ。
古きを守る、美しき精神性に浸る宿。

2022.03.31 | #27 Saga Touring /Day8:STAY「御宿 富久千代」
旅をするとき、私はいつも宿を慎重に選ぶ。
それはただ体を休める場所ではない。車を停め、服を着替え、リラックスした時間を過ごす。それは旅人が、もっともその地域に近づける時間だ。
その土地ならではの伝統や想いが籠もった宿が良い。スタッフと少しでも話をできると良い。そして運転席から離れ、リラックスする時間をより愉しむために、できることならお酒も少し愉しめると良い。
条件に合致した宿が一軒あった。
それは一日一組限定の古民家宿。かの銘酒「鍋島」で知られる富久千代酒造が手掛け、宿泊を通して銘酒の世界観に触れられる世にも珍しい酒蔵オーベルジュだ。
佐賀市から南下し、有明海に沿うように宿のある鹿島市を目指す。田園を越え、街を抜け、海を眺めてまた街を過ぎ、ようやく目的地が近づく。重厚な古民家が立ち並ぶその一角は、いかにも歴史ある酒蔵の街の風情だ。その中に宿泊できるという事実に、まるで映画の登場人物になったような非日常感が湧き上がる。酒蔵通りという細い路地の一角に、『御宿 富久千代』はあった。
佐賀県 鹿島市 古民家が軒を連ねる酒蔵通りを走るレヴォーグ(アイスシルバーメタリック) | SUBARU グランドツーリングNIPPON
その外観は、茅葺きの重厚な古民家。扉を開く。そこは予想を覆す、ラグジュアリーな空間だった。リビング、2箇所の寝室、オーディオルーム、茶室などを備えた広々とした造りで、少人数で使用するのが惜しいほど。イタリア製と思しき快適なソファやチェアが10以上もあり、どこに腰を落ち着けるか悩んでしまう。そして最奥にあるダイニング。木目の美しい一枚板のカウンター。棚の中のバカラやガレやラリックの酒器は、飾るためではなく、実際に使用するものなのだろう。
佐賀県 「御宿 富久千代」外観 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
一言で言えば、豪華絢爛。贅を尽くしたきらびやかな内装だ。しかし不思議なことに、この時代を経た建物と豪華な内装は調和していた。ただ高級なものを詰め込んだようなちぐはぐさがなく、在るべきところに在るような落ち着きが感じられた。
私は意識して改めて室内を眺める。レセプションのカウンターは、酒を搾るために使われた木製の槽(ふね)だった。天井は茅葺き屋根が裏側から見えるように、わざわざスケルトンにされていた。柱や梁は長い時間を積み重ねた傷が残されていた。
「もともと何の建物だったのですか?」
私は女将の飯盛理絵氏に尋ねた。
「大正時代の建築当初は酒蔵、それから味噌や醤油の蔵に、それから民家として使われていました。でも最後は、本当に荒れ放題の廃墟」
そしてスマートフォンで撮影した、リノベーション前の状態を見せてくれた。それは本当に廃墟としか言いようがなかった。
この酒蔵通りにも廃墟が増えてきたという。放っておけばただ朽ちて消えていくだけのもの。どれだけの時間を積み重ねても、消えてしまえばやがて忘れてしまう。その状態に歯止めをかけたかったのだ。
「鍋島は地元に支えられて続いてきたお酒。だから恩返しとして、この宿を通して再びこの街が発展してほしい」
理絵氏の話を聞いて私は納得した。豪華な内装は、ただ見た目良く取り繕ったのではない。この建物の設計者は、この建物の歴史や重厚感に似合う家具や建具こそこれらだと確信した上で、選択したのだ。つまり根底にあるのは、この街、この古い建物への敬意だ。
佐賀県 「御宿 富久千代」居間から見える庭 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「御宿 富久千代」リビング | SUBARU グランドツーリングNIPPON
それに気づくと、途端にこの宿の居心地が良くなった。どこに座るか迷うのではない。ただ座りたいタイミングで近くにある椅子に腰掛ければ良いのだ。どこの寝室で寝るか悩むこともない。眠ろうと思ったときに自然と体が向くところで寝れば良いのだ。
「ここは“鍋島”というお酒の世界観を体験してもらうための宿なんです」
理絵氏はそうも言った。それは古いものを大切にしながら、新たな上質を積み重ねること。そしてそんな価値観が守られるこの地で、自然体に過ごすこと。私はここでたしかに銘酒・鍋島の風を感じた。
佐賀県 「御宿 富久千代」鍋島のロゴが入ったお猪口 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
富久千代酒造は普段は酒蔵を公開していないが、ここの宿泊者限定で蔵見学も実施しているという。案内されて徒歩数分の場所にある蔵に向かう。
そこでは鍋島人気の仕掛け人たる飯盛直喜氏が待っていた。
そこで直喜氏の酒米や酒づくり、鍋島の歴史の話を聞きながら、試飲ができた。酒蔵直営の宿だけの特権だ。
少年のような真っ直ぐな想いと、頑なな杜氏の実直さを併せ持つような直喜氏は自ら手掛ける酒を雄弁に語った。「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」の日本酒部門最優秀賞、文字通り世界一の酒に選ばれた鍋島の、人気の秘密が垣間見えた。
「わざわざ訪ねてきてくれた方に、鍋島のファンになってもらいたい」
直喜氏はそう笑った。
佐賀県 「御宿 富久千代」鍋島人気の仕掛け人 飯盛直喜氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
宿に戻ると夕食の時間だった。そう、ここはオーベルジュ。食事は滞在中の一大イベントだ。カウンターに立つ料理長・西村卓馬氏は若かった。おそらく20代だろう。だがこの宿の厨房を任される人物だ。
「どこに行っても気に入られて、可愛がられちゃうの」
先程女将に料理長について尋ねると、まるで自分の息子を自慢するように笑っていた。「東京の三ツ星店で腕を磨いた人物、若いけど腕は本物」とも。西村氏と少し話しただけで、その言葉が腑に落ちた。
どんなことにも全力でぶつかっていくような、知らないことは何でも貪欲に学んでいくような、真っすぐで気持ちの良い人物だった。好奇心にあふれる目がいつも少し微笑んでいて、こちらもつられて笑顔になるような人物だった。
佐賀県 「御宿 富久千代」カウンターで食事の準備をする料理長 西村氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「御宿 富久千代」料理長 西村氏 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
「チェックインでお客様とお会いしてから夕食の時間まで、お客様についてイメージを膨らませる時間がたっぷりあります」
西村氏は言った。それはレストランではなく、オーベルジュであることの最大の利点。だから当然、満足度は高い。この日の料理は、有明海のワタリガニ・竹崎ガニの飯蒸し、蒸し鮑の茶碗蒸し、唐津の鯛と雲丹のお造り、対馬の穴子とふきのとうの揚げ物……。毎日3時間以上かけて集めて回った地元食材を使った10品以上の料理は、どれも全力投球だ。
「全部おいしいものを出したいんです」
西村氏はそう笑う。ときに老練な料理人は、緩急をつけて主役を際立たせる構成にすることもある。だが西村氏の料理にそれはない。そしてその全力の料理が、フレッシュ感が持ち味の鍋島と見事に噛み合うのだ。
佐賀県 「御宿 富久千代」で供される「有明海のワタリガニ・竹崎ガニの飯蒸し」 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「御宿 富久千代」で供される「蒸し鮑の茶碗蒸し」 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「御宿 富久千代」で供される「唐津の鯛と雲丹のお造り」 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
佐賀県 「御宿 富久千代」で供される「対馬の穴子とふきのとうの揚げ物」 | SUBARU グランドツーリングNIPPON
心地よい満腹感に満たされて部屋に戻る。室内のワインセラーには希少な鍋島が並んでいたが、もう心まで満たされていた。風呂で汗を流すと、すぐに睡魔が訪れた。この上質な空間を堪能し切らずに眠ることを少しだけ惜しいと思ったが、私は眠りを取った。なぜならば心のなかではもう、この宿への再訪を決めていたから。
佐賀県 「御宿 富久千代」リビングと本棚 | SUBARU グランドツーリングNIPPON

DATA

御宿 富久千代
住所:佐賀県鹿島市浜町乙2420-1
電話:0954-60-4668   
URL:https://fukuchiyo.com/
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