ふと立ち寄った門前のそば屋で
心震わすストーリーに出合う。
私は旅の醍醐味を改めて思い出した。

レヴォーグで旅する石川県の旅

2022.12.2 | #71 Ishikawa Touring /Day4:Eat「能登 手仕事屋」

輪島市街より南へ20kmばかり走った先に、『総持寺祖院』がある。
開創1321年。明治期の災禍により横浜市鶴見に機能を移すまで曹洞宗の大本山であり、いまなお人々の畏敬を集める名刹。重厚な伽藍が建ち並ぶ境内はもちろん、その門前町も見どころの多い観光名所だ。
そんな『総持寺祖院』の門前に、一軒のそば屋があった。寺の門前にそば屋があるのは、何も変わったことではない。ただ街に溶け込むような風情ある建物に、なにか独特の美意識のようなものが感じられ、車で通り過ぎながら印象に残った。だから私は境内を参拝したあと、迷わずそのそば屋を訪れてみた。店の名は『能登 手仕事屋』といった。
訪れたのは開店直後の時間帯で、先客はいなかった。若い店主と思しき人物が出迎えてくれた。すらりと背が高いがずいぶんと低姿勢な方で、その柔らかい物腰が素朴な店内と妙に似合っていた。
石川県 総持寺祖院の門とレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

総持寺祖院の門とレヴォーグ。古くから門前町として栄えた風情ある町並みが広がる。

石川県 『能登 手仕事屋』の座敷席 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

『能登 手仕事屋』の座敷席。昼が近づくと次々と客が訪れる。

注文してしばし待つ。
出てきたのは檜の葉の上に盛られた美しいそばだった。さっそく味わってみる。独特の滑らかさがある。つるりと喉越しが良いが、適度な太さがあり噛みごたえがある。そして噛むごとにそばの風味が立ち上がる。ただの田舎そばではない、職人の腕が光る上質なそばだ。
そしてそばに添えられた豆腐がまた格別だった。ギュッと密度の濃い豆腐から大豆の甘みが溢れ出す。
通りかかった店主にそんな感想を伝えてみると、彼は少し苦笑いを浮かべた。
「よくお褒めいただく豆腐は明治時代から続く家業なんです。いまは兄が継いでいます」
もちろんそばもおいしい、と私は急いで付け足す。
「二八そばは、その豆腐屋の豆乳を使って打っているんですよ」
石川県 『能登 手仕事屋』のそば | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

『能登 手仕事屋』のそば。写真は小鉢4品が付くそば御膳。

石川県 『能登 手仕事屋』で供される小鉢の『星野豆腐店』の豆腐 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

豆腐は同じ門前町に店を構える『星野豆腐店』のもの。

私はこの兄弟の物語に興味が湧き、まだ客が入らないのを良いことに彼を呼び止めて話を聞いた。彼−−星野恵介さんは嫌な顔もせず話を聞かせてくれた。
星野恵介さんの家が『総持寺』御用達の豆腐屋として開業したのは明治時代。恵介さんの父である正光さんも、その家業を受け継いだ。だが息子が「不思議な人だった」と振り返る正光さんは、豆腐屋の親父では終わらなかった。正光さんが描いた夢は、高齢化で人が減りつつ合ったこの門前町の町おこしだ。
ペンションをつくったり、海辺にレストランを開いたりと、走り続けた正光さん。この『能登 手仕事屋』も、「門前町なのにそば屋がない」という思いで正光さんが30年前に開いた。そのとき正光さんは、そばの素人だった。名店で修業を積み、そばを打つ。やがてそのそばは、ロケーションとも相まって徐々に評判を呼び始めた−−。
そんな正光さんも4年前に他界してしまった。
後に残ったのは、兄が継いだ豆腐屋と、恵介さんが継いだこのそば屋。
「親父の町おこしの夢の果てがこの店。本当に変わり者でした」
石川県 「能登 手仕事屋」の動画 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ
恵介さんはそう言った。言いながら目の端に光るものが見えたが、私の気のせいだったかもしれない。私は話題を変えるように、そばについて聞いてみた。
聞けばそば粉は、開店当初から縁のある奥会津から、山奥の在来種を取り寄せているのだという。自家製豆乳を混ぜて打つのは前述の通り。二八そばのほか、十割そばも打っているという。
「喉越し、食感、香り。そばの好みは人それぞれ。だから万人に認められるそばを打つことはできません。結局、俺の好きなそばが世界一と信じて打ち続けるしかない」
そう話す恵介さんは、誇りに満ちた職人の顔だった。
石川県 『能登 手仕事屋』そばを打つ星野恵介さん | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

そばを打つ星野恵介さん。穏やかな人柄だがそばへの思いは熱い。

石川県 『能登 手仕事屋』そば粉を打つ手| SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

「10年そばを打って、力の入れ方ではなく、力の抜き方がわかってきた」という。

客が入ってきたのを機に、店を辞すことにした。
帰り際、最後に客間の欄間にかかっていたひとりの人物写真について尋ねてみた。目元が恵介さんとよく似ている。答えを聞くまでもなくわかっていた。だがこの店に流れるあたたかい物語への確信として、どうしても尋ねずにはいられなかったのだ。
「あの写真は?」
「親父です」
父への思い、家業への思い、そば打ちへの思い。いろいろな気持ちが渦巻きながら、それでも父の姿に見守られながら、そばを打ち続ける。
この店は夢の果てなどではない。父の夢は息子に託され、まだ輝き続けている。

DATA

手仕事屋
住所:石川県輪島市門前町総持寺通り
電話:0768-42-1998
URL:http://www.nototeshigotoya.com/
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