過酷な道を越えた先。
汗を流した分だけ深まる
美味と名湯の幸福感。

レヴォーグで旅する大分県の旅

2023.1.20 | #78 Oita Touring /Day3:SATY「法華院温泉山荘」

人生にはときどき、時を経ても鮮度が落ちない記憶が刻まれることがある。
あまりに印象深い体験が、心に深く焼きつくためだろう。
今回の旅における、「法華院温泉山荘」への道がそうだ。訪問から少し時間が経った今でも、私はその状況をはっきりと思い出すことができる。
登山者の間で知られる「法華院温泉山荘」に予約の電話を入れると、
「最寄りの駐車場から、徒歩で2時間くらい」
との案内を受けた。聞き間違いかと思って問い直しても、やはり「2時間」。人里離れた山の中にある山宿のようだ。だが2時間程度ならなんとかなるだろう。私はそのまま予約を入れ、山歩きの準備をはじめた。
空港からいくつかの街を経由し、車はやまなみハイウェイに入る。ワインディングが続くが、道幅は広く、眺望も美しい。標高が上がるにつれて霧が出てきたが、その眺めさえ神秘的な美しさだった。 やがて窓の外の景色が、見渡す限りの湿原に変わった。日本有数の規模として知られる「タデ原湿原」だ。「法華院温泉山荘」はこの広大な湿原を抜け、山を越えた先にあるという。
大分県 タデ原湿原の側に停まるレヴォーグ(セラミックホワイト) | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

「タデ原湿原」は、雨水が育む高層湿原と地下水による低層湿原の中間である中間湿原のなかで日本最大の規模

駐車場に車を停めて、湿原へと歩き出す。
出発は快調だった。霧が晴れて青空がのぞいた。整備された木道があり歩きやすい。この先にある温泉に思いを馳せながら、ピクニック気分で歩みを進める。
だが、浮ついた気分で歩けたのは最初の20分ばかりだった。木道が途切れ、山道に変わると、途端に歩みが遅くなる。足元にはこぶし大の石が転がり、踏み出す場所を慎重に見極めなければ足を挫いてしまいそうだ。地面を見て、考えて、一歩。また考えて、次の一歩。歩幅が一定ではないため、距離が進まない割に疲労が貯まる。
獣道が落ち葉に埋もれて見えなくなっていることも不安だった。本当にこの道であっているか。確信が持てないまま、ただ一歩ずつ進む。両手を使わなければ登れないような坂があった。すぐ近くで獣の唸り声が聞こえた。苔むした岩は滑りやすく、いっそうの注意が必要だった。
不安と疲労で諦めようとしていると、ひとりの初老の登山客とすれ違った。
「法華院温泉山荘はこっちであっていますか?」
「あってるよ。ここから2時間くらいかな」
所要2時間と言われた道をさんざん歩いた末の言葉。やはりどこかで道を間違えたのだろう。ショックで言葉を失う私に、その登山客はこう続けた。
「大丈夫、歩き続ければいつか着くよ」
ただの道案内の言葉が、深い人生訓のように聞こえてきた。
大分県 タデ原湿原の整備された木道 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

出発直後は整備された木道を進む。景色を愉しむ余裕があったのはここまで

大分県 落ち葉に埋もれた道なき道 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

落ち葉に埋もれた道なき道を進む。途中の看板を見落とさないよう注意が必要

大分県 道に転がる大きな石 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

足元に石が転がる道も多い。登山上級者でも苦労する難路だという

大分県 山中で遭遇した鹿の群れ | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

偶然遭遇した鹿の群れ。鹿は夕方になると活発に動き始める

額から流れる汗が顎の先から落ちる。出発してからゆうに2時間は経過している。それからも何人かの登山客とすれ違った。私はその度に、目的地までの時間を尋ねた。
「あと1時間はかかるね」
「1時間くらいかな」
「およそ1時間ですね」
どれだけ歩いても前に進んでいないような徒労感。それでもいまさら戻ることもできない。私は足元だけを見ながら、黙々と歩き続けた。風景に目を向ける余裕はとっくになくなっていた。
そのとき、ふと頬に当たる風の感覚が変わった。顔を上げると藪が開けて、目の前には黄金の絨毯が敷かれたような窪地が広がっていた。坊ガツル湿原だ。湿原の間に細い道が続いているのが見える。だがそのすぐ先に、目指す法華院温泉山荘があるはずだ。
目的地が見えてきて、少し元気が湧いてきた。私は気力を奮い立たせて、残りの道を進む。
大分県 坊ガツル湿原 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

坊ガツル湿原はラムサール登録湿地に指定される貴重な植物の宝庫

坊ガツル湿原を抜けて大きなカーブを曲がると、視線の先に建物が見えた。
あれが法華院温泉山荘だ。出発から3時間30分以上経っている。砂漠でオアシスを見つけた旅人は、きっとこんな気持ちなのだろう。
足を引きずるようにしてチェックインをして、まずは食堂へ。カレーか牛丼の2択だというメニューから牛丼をお願いした。そしてほどなく、牛丼が運ばれてきた。
交通の不便な山奥の山荘だ。そこまで凝った料理ができるわけもない。だが、このとき食べた牛丼は、私の人生においても指折りのおいしさだった。米の一粒一粒が、エネルギーに変わるような感覚。体が欲していた塩分や糖分を摂取するという幸福感。「空腹は最高のスパイス」というが、まさにこの上ない満足感を味わえる一杯だった。
お腹を満たしたら、次は温泉だ。
浴室からはくじゅうの山並みを見渡すことができた。湯はややぬるめで、体を浸すと深い溜め息が漏れた。優しい湯のなかに、この半日の疲労が溶けていくような気分だった。厳しい山道はすべて、この幸せのための助走だったのだ。
「来てよかった」
途中で音を上げそうになっていたことも忘れ、私は心の底からそう思えた。
大分県 「法華院温泉山荘」の看板 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

旅人たちを癒やす山荘として続く「法華院温泉山荘」

大分県 「法華院温泉山荘」 温泉卵をトッピングした牛丼 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

牛丼に温泉卵のトッピングを乗せて。スタンダードな味だが、たまらなくおいしかった

大分県 「法華院温泉山荘」の湯船 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

ぬるめの湯で長く浸かっていられるのがうれしい。湯船からは山々を見渡す

大分県 | 法華院温泉山荘 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ
湯上がりに涼んでいると、山荘の主人である弘藏岳人さんがやってきた。
聞けばここは1324年の鎌倉時代から修験道の寺として続いた場所だという。その寺が明治時代に焼失し、それ以降は登山客のための温泉山荘として続いている。弘藏さんは寺としては26代目に当たるという。この山々の景色と同様に雄大な話だ。
やがて話題は、目の前に広がる自然のことに変わる。弘藏さんは言う。
「これは手つかずの自然ではなく、人の手によって守られている自然なんです。湿原の野焼きや木道の整備、ゴミ拾いなどもそう。人と自然の距離が近いことが、ここの魅力になっているのだと思います」
そう、長者原や坊ガツルの豊かな植生があるのは、年に一度火をつけてリセットする野焼きのおかげ。あの山に道があったのも、この山荘が続いているのも、すべて人が自然を大切にするという思いが脈々と受け継がれているから。だからこそこの地の景色は、まるで絵画のように美しいのだ。
大分県 「法華院温泉山荘」の主人 弘藏岳人さん | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

穏やかな語り口で山と山荘について聞かせてくれた弘藏さん

話を終えて、部屋に戻った。
和室の隅に布団が畳まれただけの簡素な部屋だった。テレビも電話もwi-fiもない部屋で、山景色を切り取る窓だけが存在感を放っていた。
ふと見ると、壁に記念帳がぶら下がっている。ここを訪れた宿泊者たちが、思い思いの言葉を記すノートだ。SNS全盛の時代にかえって新鮮に映り、パラパラと読んでみた。
還暦を迎えたご夫婦の文章は、夫から妻への感謝の言葉で締めくくられていた。赤ん坊を背負ってやってきた家族の言葉には子の成長を願う愛にあふれていた。高校生の息子とふたりでやってきた父は、うまく伝えることができない息子への想いを記していた。
どの言葉にも、胸に響くような重さがあった。誰が読むかもわからぬノートに、心のままの飾らぬ言葉を記したからだろう。そして書き手の誰しもに、同じ山道を踏破してここへ来たという同志のような共感を覚えるからだろう。読んでいるうちに目頭が熱くなり、窓の山に目を向けた。
「そうだ、私も周囲への感謝を書いていこう」
私は自然にペンを取り、心のままに文章を書く。このノスタルジックな山荘には、なぜか心を裸にするような心地よいあたたかさがあふれていた。
大分県 「法華院温泉山荘」の客室 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

20室ある客室はほとんどが六畳一間。部屋に鍵はかからない

大分県 「法華院温泉山荘」の客室にある記念帳 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

各部屋にある記念帳。そこに記された言葉から、いかにこの山荘が愛されているかがわかる

DATA

法華院温泉山荘
住所:大分県竹田市久住町大字有氏1778
TEL:090-4980-2810(受付時間7:00〜21:00)
URL:http://hokkein.co.jp/
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