淡く、透明な出汁が、地元野菜と響き合う。
黒姫で出合った小さな季節料理の店は、
美味という言葉の本質を改めて問いかけた。

レヴォーグで旅する長野県の旅

2023.3.24 | #89 Nagano Touring /Day5:EAT「温石」

野尻湖にほど近い黒姫に、ぜひ訪れて欲しい小さな料理屋がある。
長野の知人から聞いたそんな話を頼りに、私は車を走らせていた。
長野市街から北へ20kmほど。決して便利な場所ではないが、私の気持ちは高まる。一度の食事のために、道をたどる。それがなんとも贅沢な時間の使い方だと思ったのだ。
空は暗くなり、大粒の雪が舞っていた。
街を離れるごとに雪の存在感が強くなる。その無垢な美しさに、改めて雪国の生活を思う。
到着した『温石』は、雪の中、静かに佇んでいた。 物言わぬ建物が“静かに佇む”のは当然ではあるが、その飾り気のない佇まいが、私に静けさを連想させたのだろう。
長野県 信濃町の田園風景の中を走るレヴォーグ | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

新潟県との県境も近い長野県信濃町。田園風景が広がる。

長野県 信濃町にある季節料理屋『温石』の茅葺き屋根 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

茅葺き屋根の存在感ある店構えの『温石』。凛とした雰囲気が漂う。

引き戸を開くと、路地が伸びていた。
その先は、靴を脱いで上がる。茶室のような雰囲気だが、コの字型のカウンターだ。隅々まで美意識が行き届いたような、素晴らしい空間だ。
席につくと、湯呑が出された。中は白湯だった。雪道で冷えた体が内臓から温まる。ここで、このタイミングで出されるものは、白湯が最上であると思えた。ただ一杯の白湯を口にしただけで、私はすでにこの店の虜になっていた。
予約不要のうどん、または要予約のうどんと料理のコースがある。前日に予約をしていた私は、季節の野菜料理2種とうどん、季節の甘味のコースが愉しめるというコースだ。コースでもうどんは、おすまし、粕味噌、カレーから選ぶことができる。私は粕味噌を注文した。
長野県 信濃町にある季節料理屋『温石』の店内 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

『温石』の店内。調度品のひとつひとつにまで、店主のこだわりが見える。

長野県 食器などが販売されている『温石』2階のギャラリー | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

店内2階にはギャラリーがあり、店でも使用される食器などが販売されていた。

女将が厨房に戻ると、店内は静寂に包まれた。
話をするのも憚られるような静けさだった。
注文を取りに来た女将はいたって自然体で、何も気取っているわけではない。
ただこの美意識が詰め込まれたような空間に身を置くと、この空気感と一体化して心静かに待つことが礼儀だと思えたのだ。
美術館にいるような、少し背筋の伸びる静寂だ。扉の向こうの厨房から、調理の音が届く。意識を向けてみると、卵を割る音が聞こえた。
隣客が注文していた卵とじうどんの調理だろう。カッカッカッ、とボウルで卵をかき混ぜる音。静寂の中でそれは、神聖な儀式のようにさえ聞こえた。
カッカッカッカッカッカッ……
「ずいぶんと長くかき混ぜるものだな」
そう思ってからも音は、さらにしばらく続いた。
やがて一品ずつ料理が供される。
ネギと大根の茶碗蒸し、3種の豆を添えた野菜の揚げ物、そしてうどん。提供までやや時間がかかるが、先程の卵の音を聞いていれば、それは当然だ。ひとつひとつの作業をあれほど丁寧に行っているのだ。ここでは料理を待つ時間さえも、心と向き合うような心地よい空白だった。
料理は、どれも素晴らしかった。出汁は淡いがしっかりと芯があり、香りが立つ。そして地物産であろう野菜の味の濃さ。それぞれの野菜がはっきりと、自らの味を主張する。
「そういえばニンジンってこういう味だったな」
日常の中で当たり前に消費している食事。だがここの料理には、食べることの意味を改めて問いかけるような、静かな迫力があった。
そしてうどんは、モチモチだ。口に入れて噛むと、かすかに歯を押し返し、砕ける。その不思議な食感を愉しんでいると、後から小麦の香りがふわりとやってくる。きっとこの段階に来るまで、何度も試作を経たのだろう。ただ弾力があるだけではない。出汁とのバランス、咀嚼の感覚、後味、香り。すべてが計算され尽くされた完成度だ。
豪華な食材でも、派手な盛り付けでもない。
だが、贅沢だ。
心を込めて、手間暇をかけて、地元の素材を調理する。その真摯な料理こそ、何よりのご馳走なのだと実感した。
長野県 『温石』の紅芯大根と松本一本ねぎの茶碗蒸し | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

紅芯大根と松本一本ねぎの茶碗蒸し。料理は日によって異なる。

長野県 『温石』のかぼちゃとにんじんの揚げ物 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

かぼちゃとにんじんの揚げ物。じっくり時間をかけて甘みを引き出している。

長野県 『温石』の粕味噌うどん | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

粕味噌のおうどん。出汁のやさしい風味がもちもちのうどんと絶妙に絡み合う。

食事を終える頃、店主が顔を見せた。
須藤剛さんというその店主は、その料理から想像した通りの、物静かな人物だった。だが少し話をするうちに、その心の内にある真っ直ぐな強さも見えてきた。
長野県 黒姫にある季節料理屋『温石』のコの字型のカウンター席 | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ
須藤さんは、言った。
「自分なりの、本質を追求したい」
それは土地の食材を見極め、その味わいを際立てる出汁を引くという終わりなき道。
日本料理ではなく、うどんの看板を掲げるのは、受け継がれる料理の心を広く体験してもらうため。蕎麦の産地・長野で地元産の小麦を活かす目的もある。
虚飾ではなく、本質で勝負する。その明確な指針が、料理にも、店作りにもはっきりと表れていた。
長野県 『温石』店主の須藤剛さん(左)と女将の真理子さん(右) | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

須藤剛さんと、女将の真理子さん。2020年に松本からこの地に移転した。

須藤さんの目標は、この店からほど近い森の中に、宿を兼ねた料理屋をつくること。その目標を前提に、松本市で開いていた店を閉め、この地に移ってきたのだという。
まだ森は木々に囲まれた状態。だが自らの手で切り開き、少しずつ実現に向けて動き出している。特別に案内してもらったその森をともに歩きながら、この場所にできるであろう須藤さんの新たな店を思う。
それはまるでこの森の中に昔からあったかのような、自然体で静かで、そして美しき美意識の詰まった場所になるのだろう。
長野県 雪が積もる森の中に立つ『温石』店主の須藤剛さん | SUBARU グランドツーリングNIPPON | SUBARU | レヴォーグ

自ら開拓する建設予定地の森。「ここが玄関で、ここまでが建物」と須藤さんの頭にはすでに設計図がある。

DATA

温石
住所:長野県上水内郡信濃町柏原423-1
TEL:026-217-2422
URL:https://onjaku-tadokorogaro.com/onjyaku
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