開発ストーリー

新世代BOXERエンジン 篇

水平対向エンジン、そしてSUBARUの未来をつくった男たち

※この開発ストーリーは、2010年10月25日に掲載されたものです。

挑戦の軌跡

ボクサーエンジンの”宿命”に立ち向かったエンジニアたち

 機械工学を専攻していた堀智宣が富士重工業を就職先に選んだ背景には、他のメーカーがやっていない、特徴のあるエンジンを手掛けてみたいという思いがあった。
「当時は、ワゴンで280psの馬力を持つレガシィが一世を風靡していた頃で、そんなわくわくするようなクルマを造るメーカーに就職して、他ではやっていない独特なエンジンの開発に携わり、楽しいことをやってみたいなと思いました」
 SUBARUに就職し、希望通りにスバル技術本部エンジン設計部に配属された堀が最初に手掛けたのは、レガシィに搭載する6気筒エンジンの開発であった。
 「一般の縦置き型やV型に比べて、水平対向エンジンというのは複雑な機構を持ったエンジンだ」というのがその時に堀が感じたことであった。

 その2年後、堀は開発中のエンジンを自ら組み立て、性能を評価する実験の仕事に携わる。そのときの経験によって堀には、水平対向エンジンのメリットと、デメリットが見えてきた。
 「一番のメリットは、回転がスムーズに吹きあがることです。また、構造的にも短い全長の中でクランク軸の剛性を高めることができ、回転バランスを高めるためのバランスシャフトも不要だし、クランクそのものも軽くすることができます。その反面、デメリットとしてはエンジン房内のレイアウトの制約が大きいと思いました。特に横方向と縦方向。構造上、どうしてもエンジンの上にインテークマニホールドを配置し、下にエキゾーストマニホールドを配置しなければならず、そのスペースをいかに確保するのかが水平対向エンジンのポイントになるだろうと感じました」

「水平対向の宿命」と対峙

 そのような経験を積んだ堀は06年、新型水平対向エンジンの先行開発プロジェクトに加わった。SUBARUの未来を担うまったく新しい水平対向エンジンに課された大きなテーマは“環境性能を上げること”“原価の低減”であった。

 「その目的をクリアするためにどんなエンジンスペックにすればよいのか?それを決めるところからプロジェクトは動き出しました。目標とするスペックを決めるというのは、まさに真っ白な図面に最初の線を引くということになるわけですから、原点に立ち返り、水平対向に限らず現在主流となっているエンジンがどんな性能を持っているのかというところから徹底した調査を始めました。」
 と、堀は話している。また、FBエンジン開発をとりまとめた白坂暢也はこの時のことを振り返って次のように語った。  「水平対向エンジンだから一般的な直列エンジンと比較すると部品点数が多くなるとか、横幅に制限があるから、どうしてもビッグボア・ショートストロークになるとか、私たちエンジニア自身が水平対向エンジンの“宿命”と考えてあきらめてきたことがたくさんありました。しかし、今回はそうした“宿命”にあぐらをかくのは止めにしよう。今回のプロジェクトメンバー全員が、そうした思いで真っ白な状態から、これからのエンジンのあるべき姿を決めていったのです」

 その結果、彼らが得た結論は①ロングストローク化する。②燃焼そのものを良くする。ということであった。①のロングストローク化は、“水平対向エンジンの宿命”にとらわれていたのでは掲げることができない目標であった。


白坂 暢也 氏

燃料のベストバランスを探せ

 理想とするエンジンスペックを決めるために、彼らが最初に行なったのは、単気筒エンジンの燃焼を徹底的に分析することで、ボア・ストロークのベストバランスを探すことであった。
 「ロングストロークにするほど燃焼はコントロールしやすくなりますが、あまり長いとクランクシャフトの回転変動が大きくなってしまいます。また、強度の確保も厳しくなる」
 と堀は話す。ロングストロークにすると何故燃焼が良くなるのだろう?

 「燃焼を良くするためにはシリンダー内の混合気の流れを渦を巻くように強くすること。そして空気と燃料との混合比を理想に近い状態で送り込み、燃料を一粒残らず燃やしてやることが大切です。そのためにさまざまな工夫をしてシリンダー内に燃えやすい燃料の渦を造っているのですが、ボアが大きくなると、せっかくうまく造った燃料の流れが外側に拡散してしまうために、燃え切らない燃料が出てしまい、点火してから燃えきるまでの時間も長くかかってしまうのです。ボア(シリンダー直径)が小さい方が、燃料の流れ方をしっかりコントロールし、着火直前までの強い流れを維持することができます」

 さまざまな試験を繰り返した結果、新たな水平対向エンジンには90㎜というストロークが与えられることになった。従来型からは15㎜の延長である。これにより、ボアは92㎜から84㎜へと小さくなって燃焼効率が向上し、点火してからシリンダー内の燃料がすべて完全燃焼するまでの伝播速度も大きく向上した。

一方で、シリンダー内をピストンが動く距離が長くなる分、フリクションロス(摩擦抵抗)は大きくなる。
 「それについては、ピストン形状をなるべく小さくすること、さらにピストンリングを工夫することで、極力フリクションを小さくしています。また、それ以外の部分のフリクション低減も徹底的に行いました。その結果、ロングストローク化による燃焼改善とフリクション低減の効果を合わせ、10%以上の燃費性能向上が図られました。」

 さらに堀が取り組んだのは、各パーツの軽量化と複雑なシステムの簡素化であった。一例がチェーンシステムの採用だ。従来のベルトシステムからチェーンシステムに変更することで、スプロケットや、チェーンレバー、チェーンテンショナーなどのパーツは左右同じものを使うことができるようになり、部品点数も削減した。また従来は水平対向エンジンのためだけに専用に造られたものを使用していたが、新型では一般的な直列エンジンなどで使用しているものと同じパーツを使えるようにしている。このため、量産効果による原価の低減も図ることができた。オイルポンプについても、その働きを精密に分析した上で、エンジン回転数に応じてポンプ吐出量を切り替えることで、必要最低限の性能のものに小型化し、チェーンケース内に内蔵させることを行って、部品点数を削減して構造の簡素化を行っている。

 「これらすべてが従来にないまったく新しい取り組みでした。だから開発当初から生産技術の現場と綿密な連携をとりながら設計を進めていきました」

 それは、水平対向エンジンについて堀が最初に感じた“複雑なシステム”という課題に対して、生産過程でのスタッフの動きも含めて一つひとつクリアしていく試みでもあった。

太田(シャシー)から三鷹(エンジン)へ

 「もうひとつ、FB20を実現した陰の立役者としてエキゾーストマニホールドが挙げられます」と、白坂は話す。先に堀が話したように水平対向エンジンの場合、エンジン下に配置されるエキゾーストマニホールドに与えられるスペースは極めて狭い。しかし、エンジンを効率良く動かし、排出されるガスをクリーンなものとする為にエキゾーストマニホールドは、理想的なブランチ管の長さを確保し、更に排気ガスの浄化を担う触媒を最適な位置に配置する必要がある。この課題に取り組んだのが、エンジン設計部システム設計第2課の葛生克明だ。
 00年にSUBARUに入社した葛生が最初に配属されたのは群馬県・太田市にあるスバル技術本部シャシー設計部であった。

 「私が担当したのはエキゾーストマニホールドからキャタライザー、センターパイプまでの部分でした。現在取り組んでいるのも同じ部分です」

 それまで、エンジンは三鷹にある東京事業所で設計していたが、“その先”の機構であるエキゾーストマニホールドからマフラーまでは太田のシャシー設計部の担当であった。

 「エキゾーストマニホールドはエンジンの真下に配置されるため、どうしてもスペースの制約があります。だから設計段階から三鷹にあるエンジン開発部隊ともっと緻密にコミュニケーションをとって開発をすれば、より理想に近い合理的なエキゾーストマニホールドができるだろうな…と感じていました」

 葛生が感じたその思いは、04年にかなえられることになる。エキゾーストマニホールドからセンターパイプまでの排気管の設計も、三鷹のエンジン設計部が担当することになったのである。そうして造られたのが、四代目レガシィに搭載された等長等爆発エキゾーストマニホールドであった。排気干渉を抑えることで、水平対向独特のボロボロ音は消えたが、より出力性能の良いエンジンが完成したことをご記憶の方も多いのではないだろうか。

“聖域”に手を加える

 葛生がFB20の先行開発に加わったのは07年の初夏であった。すでに堀らの努力によってエンジン主機のフォルムが固まってきていた。狙いが低燃費、環境性能の向上というエンジンだけに葛生にも高いハードルが与えられた。①出力性能向上。②排ガス性能向上。③原価低減。であった。葛生はそれまでに出力性能の向上を目指した排気管、排ガス性能の向上を目指した排気管をそれぞれ完成させていたので、排気管開発の肝は把握していた。しかしそのいずれをも向上せよとの課題は厳しいものであった。

 「最初は、どっちかは勘弁して…と思いました。排気管のシステムを考えるとこれら二つの項目は相反するテーマでしたから」

 まず最初に行なったのは“用地買収”であった。ここで葛生がエンジン開発部に来た意味が発揮される。堀らエンジン主機の設計者と綿密な交渉を重ね、エンジンの下部に排気管用のスペースを確保していったのだ。

 「従来の感覚では、エンジン下部のオイルパン形状をいじるということは考えられませんでした。オイルを溜め、クルマがどんな状態であってもしっかりとエンジンに循環させるためにはオイルパンの形状は“自然な形”であるべきで、言わばオイルパンは聖域と言っていい存在だったのです」
 と、堀は言っている。確かに従来の水平対向エンジンを下部からみると、ど真ん中にデンと居座るオイルパンの周囲を、遠慮がちに取り囲むようにしてエキゾーストパイプが引きまわしてある。しかし、二律背反するテーマを共に高いレベルでクリアするために、この聖域にも大胆に手が加えられることになった。オイルパン前部をえぐるようにしてセットバックさせ、スペースを確保したのだ。しかし、その分オイルの量が減ってしまうということはないのか?

 「今回、エンジンブロックの下部に“オイルパンアッパー”という鋳造パーツを新設定しました。これにより油量のトータルは従来と変わりません。また、油面のばたつきを抑えるようなチューニングも施してあります」
 と、堀は説明してくれた。ウォーターポンプやサーモスタットなどもここに組み付けられている。さらに、従来のオイルフィルターの取り付け位置をエンジン下部から上部へと移動することで、排気管のための“用地”はさらに拡大した。
 これらのエンジン主機側の対応によって、エンジン効率を引き出す最適な長さとし、更には4本とも㎜単位でまったく同じ管長を持つ等長等爆発のエキゾーストマニホールドを実現した。さらに最適な位置に触媒をレイアウトすることで、触媒に使用する貴金属の量も約30%低減している。そのポジションとは、まさに従来はオイルフィルターが占有していたエリアであった。

 このように様々な革新的取り組みによって、従来の水平対向エンジンの“常識”を一つひとつ覆して行った末に完成したのがFB20型なのである。

SUBARUの明日を体感する

(左)葛生 克明 氏 (右)掘 智宣 氏

 21年ぶりの新開発水平対向エンジンとしてデビューしたFB20型を搭載したフォレスター(2010年モデル)の走りについて、白坂は次のように話している。

 「低・中速領域のトルクがグンとアップしています。ステアリングをにぎって走り出してすぐに従来の水平対向エンジンとの違いを明らかに感じていただけると思います」

 また、SUBARUファンにとって気になるBOXERサウンドについて、葛生は「エグゾースト・ノートは、従来の水平対向エンジンと比べると静かになり、NAエンジンらしい軽快感が増しましたね。この音ひとつとっても従来型とは違うということを感じていただけると思います」
 と話してくれた。

 「このエンジンは現段階でやれることすべてをやり尽くした100%満足できるエンジンに仕上がりました。しかし私たちエンジニアは常に先を考えています。 FB20は、NAに特化することで性能を磨きこんだエンジンですが、今後のエンジンに求められる直噴化やハイブリッド化などのベースになるポテンシャルを持っています。明日を歩んでいくための基本はできました。ここから新たなSUBARUボクサーエンジンの歩みが始まるのだと考えています」
 と話す堀の頭の中には、既に次のターゲットがある様子であった。

 エンジンFB20型を搭載したフォレスターに乗るということは、SUBARUの未来を体感するということだ。

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