BOXER60th Anniversary記念企画 現役SUBARUエンジニアが語る、
SUBARU BOXERエンジン : Part.1
EJ20と共に歩んだ30年(前編)

SUBARUボクサーエンジンの語りべ
1989年1月23日、EJ20エンジンを搭載したレガシィが発表された。
その約2か月後の4月、神奈川県にある大学の機械工学科を卒業した関 竜達はSUBARU(当時の富士重工業)に入社し、東京・三鷹市にある技術本部パワートレイン設計部(当時の設計2部)に配属された。
このコラムでは、EJ20を皮切りにSUBARUパワーユニットの設計・開発にエンジニアとしての人生を捧げてきた関を語りべに迎え、前・後編の2回にわたって、水平対向エンジンの真価と、数々のブレイクスルーを生んだEJ20エンジン開発の舞台裏に迫る。

関 竜達
株式会社SUBARU 技術本部 パワートレイン設計部エンジン設計課エキスパート
1980年代~EJ20誕生前夜
関は、EJ20を語る前に、同機が誕生した時代背景として、1980年代のクルマを取り巻く社会状況がどのようなものだったのか、まずはそこから紐解いておきたいという。
関「1980年代半ば、日本のクルマ環境は新たなフェーズに入りました。それまで移動手段のひとつとして認識されていたクルマが人々の日常生活に深く浸透してゆき、週末のレジャーでの活用や、SUVやコンパクトカーなど車種の多様化が進んだことで、保有台数は一気に拡大していったのです。モータースポーツ界では、80年代後半からF1人気がブレイクし、ホンダのV6ターボエンジンが圧倒的な強さを誇りました。その熱気は量産車にも波及し、クルマの価値観は『高性能・豪華・スタイリッシュ』へとシフト。エンジンとしてはツインカム(DOHC・4バルブ化)やターボ、フルタイム4WDといった最先端メカニズムを表す言葉が、クルマの価値を証明するステータスとして、カタログや雑誌の誌面を飾るようになったのです」
当時の時代背景を補足すると、それ以前の日本車は、高速道路で100km/h(軽自動車は80km/h)を超えると、ダッシュボードの奥から「キンコン、キンコン♪」と鳴り響き続ける「速度警告音」の装備が法規によって義務付けられていたが、1986年にはそれが改正され、その一方で1985年から高速道路でのフロントシートベルト着用が義務付けられた。また、1982年には中央自動車道が全線開通し、関越・常磐・山陽道などの延伸が加速。1987年には東北自動車道が全線開通し、本格的な高速巡航時代が到来した。関越トンネルの上下線開通はウインタースポーツを後押しし、レガシィ(AWD)+スタッドレスは無敵の雪道ツアラーとなる。
EJ20がとり結んだSUBARUとの縁(えにし)

そんな80年代、関は神奈川県横浜市にある大学に進学し、機械工学科で”熱流体”の研究をしていた。熱流体とは、平たく言えば「熱や気体の流れ」のことで、具体的にはガソリンエンジンやディーゼルエンジン、航空機のジェットエンジンのような内燃機関全般をいかに無駄なくきれいに燃焼させ、性能を高めるかという研究である。そんな研究に没頭しながら ”卒業したらエンジンの設計をしたい”と考えていた関は、どうしてSUBARUを選んだのだろう。

関「当初は就職先としてSUBARUは考えていませんでした。他メーカーがやっていない『水平対向エンジン』に取り組んでいる姿勢は興味深かったのですが、当時は他の自動車メーカーがDOHC(ツインカム)やターボで急速に高性能化を進めていました。それに比べると、当時発売されていたレオーネやアルシオーネに搭載されていたEA/ERエンジンは、まだOHVやSOHCが中心で『一世代前のエンジン』に見えたのです。将来的にこれ以上の出力向上や燃費改善といった課題をクリアし、他社のエンジンと互角に渡り合っていくには、設計的にも限界があると感じていました」
小学生のときの工場見学で日産村山工場を見学した際に、スカイラインGTRを知って乗り物に対する興味が芽生え、進学を考える際には、旧プリンス自動車(後に日産自動車と合併)でスカイラインの開発を率いた櫻井信一郎氏と同じ大学の機械工学科へ進学。入学と同時に免許を取り、日産バイオレットを入手、林道走行や草ラリーを楽しんだ。その後、大学3年の冬に5代目スカイライン(通称ジャパン)ターボを中古で購入。当時、7代目R31 型スカイライン(通称セブンス)が登場し、旧型となった4気筒2.0Lの超高性能ターボモデル「DR30(スカイラインRS)」がたたき売り状態だったが、学生の身分では維持費も含めて到底手が出ない。そこで選んだのが、SOHCながらも「6気筒ターボ」を搭載したジャパンだった。 通学にも使い、第3京浜が通学路で6気筒ターボエンジンならではの余裕のある高速巡行を経験した。そのような経緯もあって日産にシンパシーを感じていたが、規模の大きい会社には興味がなかった。そんな1988年の夏が終わりを告げるころ、関の元をある大学OBが訪ねてきたという。

関「SUBARUの技術本部に進んだ先輩が会社説明のために来校し、まだ公にはされていない『新型エンジン』の話を聞かせてくれたのです。それは、ゼロから新設計して、燃焼室や吸排気系を一新し、DOHC化や4バルブ化、さらにはターボチャージャーを装着した、新世代の水平対向エンジンでした。設計図を見たわけでもなく、どんなクルマに採用されるのかといった詳細は何も分かりません。けれど、近々発表される新型車に搭載されるその新しいエンジンのスペックを聞いた瞬間、私の心は決まったのです」
こうしてEJ20というエンジンによって、関 竜達という一人のエンジニアとSUBARUとの運命的な縁(えにし)がつながったのである。
レガシィ(RS)のエンジンフードを開けて

関がSUBARUに入社して配属されたのは、EJ20の”主機チーム”であった。主機というのはエンジンの運動部品(クランクシャフト、ピストン、コンロッド、カムシャフト、バルブ等)と骨格部分(シリンダーブロック、シリンダーヘッド、潤滑・冷却系等)を指し、吸・排気系、燃料系、電子制御は”補機チーム”が担当していた。配属されて初めてレガシィ(RS)のエンジンフードを開け、EJ20エンジンを目にしたとき、関はどのように感じたのだろう。

関「ボンネットフードを開けると、中一面にびっしりと機械が詰まっていることにびっくりしました。自分が乗っていたクルマは直列6気筒エンジンで、主機であるエンジンの片側に吸・排気系があり、反対側の空間にはゆとりがあって、簡単に手を入れることができました。レガシィの場合はエンジンルーム奥にまず大型の水冷インタークーラーがあり、その手前に「4CAM 16VALVE」と赤い文字で記されたエンジンカバー、さらに水平対向エンジン上部に吸気管があって、オルタネーター、エアコン・パワーステアリング用のポンプなどがびっしりと詰まっていて凝縮している感覚、機械好きの私はそのメカメカしい佇まいに好感を持ちました。一方で、”水冷”のインタークーラーを装備しているのに、なぜボンネットフードに大きなダクト(穴)が必要なのだろう? と、ふとした疑問が沸きました。これは、運転席の前あたりに装備されていたターボチャージャーの熱を外部に排出するためのものだと知り、納得しました。初めて運転した時に感じたのは、ターボエンジンの力強さです。静粛性や振動・騒音云々という感覚はまったく覚えていませんね。とにかく、200PSを越えるエンジンが発揮する加速はこうなるのか!と、衝撃を受けたことを鮮烈に記憶しています」
初めて目にする、未知のパワーユニット。そのメカメカしい佇まいと強烈な加速性能に魅了された関は、この後自らのエンジニアとしての夢をEJ20に託し、水平対向エンジンならではの難しさや課題を一つひとつ乗り越え、その良い部分を磨き上げながら約30年を共に歩んでいく。そのストーリーは次回後編にゆずり、ここでは「エンジニアの視点から見た、直列エンジンと水平対向エンジン」を、率直に語ってもらい、前編を締めくくろう。
エンジニアの視点で比較する
水平対向エンジンvs直列エンジン
~関 竜達
重量・原価分析で比較する
自動車雑誌などで語られているように、水平対向エンジンは直列エンジンと比べて低重心であり、ボディに縦置きに搭載すれば左右対称で操作性や走行性能において理想的な重量バランスを備えたAWD車をつくることができるというメリットを持っていることは間違いありません。一方で、私たちのように”量産車を企画・設計し、お買い求めやすい価格でお客様にお届けする”というエンジニアの立場からは、まったく別の視点で比較・検討することも重要なのです。
2つのNo!原価面における不利
水平対向エンジンは、直列エンジンであれば1つで済むシリンダーヘッドやカムシャフトなどの部品が、左右で2つ必要になります。初代レガシィの原価分析においても、直列エンジンであれば1個で済む部品が2個必要になるという、コスト面での不利が改めて認識されていました。さらに言えば、生産時に直列エンジンと比べると複雑な作業や工程を必要とするため、時間やコストを増やしてしまう傾向があります。こうした事情を考慮して、1980年代後半には、EJ20と並行してセグメントに合わせた直列4気筒エンジンの開発も進めていたのです。
重量面における逆転現象
スバルは1966年に開発したEAエンジンで他社に先駆けてアルミ製のシリンダーブロックを採用していたため、直列エンジンのほとんどが鋳鉄ブロックを採用していた時代は重量面で有利でした。しかし1980年代なかばから他社の直列エンジンも続々とアルミ化が始まり、1990年代中盤頃からはアルミダイカストブロックを採用して軽量化を図り始めると、その優位性は完全に逆転し、重量面でもビハインドを背負うことになりました。私たちSUBARUのエンジニアは、このような水平対向エンジンのビハインドを自覚した上で、コスト、生産性、あるいは整備性も考慮しながら、よりよいパワーユニットに仕上げていく努力・研鑽を続けています。
それは、水平対向エンジンにはこれらの不利な要素を補ってあまりある、機械としての圧倒的な素性の良さがあるからです。以下に挙げる3点は、私自身が実感している水平対向エンジンの優位点、魅力です。
3つのYes!機械力学的視点から見た”素性の良さ”
水平対向エンジンの最大の素性の良さは、構造的に振動が少ないことです。水平対向エンジンは、稼働時に向かい合った左右のピストンが、同時に中心に向かって動き、同時に外側に向かって動く構造になっています。この「左右対称で、常に反対方向へ同じ速度で動く」という幾何学的な構造により、右のピストンが発生させる揺さぶりの力と、左のピストンが発生させる揺さぶりの力が、常に完璧に釣り合って相殺されます。そのため、直列エンジンのようにバランサーシャフトなどの振動を抑えるための部品を追加する必要がありません。この「素の良さ」は大きな利点です。
幾何学的美しさ

”美しさ”などと言うと、文学的で、機械工学的な冷静さを欠いた表現のように聞こえるかもしれません。それを踏まえた上で、私の個人的な見解として言わせてもらうと、水平対向エンジンには、左右対称(シンメトリー)であることの幾何学的な美しさがあります。直列エンジンが細長い直方体で間延びして見えるのに対し、水平対向エンジンは一切無駄がなく、コンパクトに収まって見えます。クランクシャフトのウエブの薄さや、前後長を比較しても、同じ排気量、シリンダー数で直列エンジンと比較すると、圧倒的に無駄なく、軽量に設計することができます。ボア中心・クランク中心で切った断面図の設計図を描いて比べると、水平対向の図面はバランスが良くとても美しいのです。そこには「見てきれいなものは、機械として素性が良い」という考えを裏付ける幾何学的な美があるのです。
ビッグボア×ショートストロークの優位性(パワー競争におけるBore×Strokeの比較)

フロントエンジンの場合、エンジンは左右のタイヤの間に収める必要があります。一般的な直列エンジン横置き4気筒の場合は、ピストン4個とトランスミッションを収める必要があり、ボア(シリンダーの径)×ストローク(シリンダーの長さ)の比はスクエア、2Lの4気筒なら86㎜×86㎜、をベースに考えると、スモールボア×ロングストローク寄りになります。これに対して水平対向の場合は、全幅に制約があるためロングストロークにできないと考えられがちですが、そういうわけではありません。仮に直列4気筒エンジンを解体して水平対向4気筒に作り直そうとすると、まず、縦に4つ並んだシリンダーを180°開いた際に、隣り合う2つのシリンダーの間に余剰スペースが生まれるため、その分クランクシャフトの長さを短くすることができます。ただし、その場合もエンジンブロックにクランクシャフトの軸を受けるための幅を確保する必要があります。この結果、隣り合わせた2つのシリンダーの間にはスペースが生まれるため、最大現にこのスペースを使い切ってボアを拡大し、水平対向エンジンを作ろうとすると、直列4気筒エンジンと比較するとビッグボア×ショートストローク寄りとなります。

➡有利に働く理由その1
クランクシャフトの強度向上:ピストンの動くストロークを短くすると、エンジンブロックに挟み込まれて回転の中心軸となる「メインジャーナル」と、コンロッドを介してピストンの往復運動を回転運動に変える「クランクピン」の、隣り合う二つの軸が重なり合う面積(オーバーラップ)を大きく取ることができます。これにより、一番負荷がかかる「曲げ、ねじり」にガッチリと強度を持たせることができるので、高回転や大きな爆発力にもビクともしない、極めて頑強なクランクシャフトを作ることができるのです。

➡有利に働く理由その2
吸気効率の最大化:ビッグボアにして燃焼室の直径を大きくすることで、より大きな吸気バルブを使用することが可能になり、結果として空気を多く吸い込めるようになります。パワーを出すためには空気を吸う能力が極めて重要になるため、この「ビッグボア×ショートストローク」の組み合わせは、エンジンの出力を限界まで引き上げるうえで、有利なレイアウトなのです。
