BOXER60th Anniversary記念企画 現役SUBARUエンジニアが語る、
SUBARU BOXERエンジン : Part.1
EJ20と共に歩んだ30年(中編)

関 竜達
株式会社SUBARU 技術本部 パワートレイン設計部エンジン設計課エキスパート
孤高の水平対向エンジン
1989年、SUBARUに入社して主機チームに配属された関に委ねられた最初の仕事は、レガシィに搭載されて発売されたばかりのEJ20に関する市場対応(市販車で発生した不具合の原因追求と解決)であった。そこで関は”水平対向エンジンにはお手本が無い”という現実の厳しさを知る。
関「他社が開発したエンジンや、学会の最新レポートを調べても、そこには私たちの水平対向エンジンに直接フィードバックできるノウハウはほとんどありません。だから、何か不具合が発生した場合には、ゼロから自分たちの手で解決しなければならないのです。入社して最初に取り組んだ仕事で、それがいかに困難なことかを実感しました。垂直ではなく水平にシリンダーを配置していることの難しさに直面したのです」

このとき関が取り組んだのは、初期のEJ20で発生する予期せぬ振動と異音の原因究明だった。水平対向エンジンは、エンジン燃焼時に発生する振動を左右のピストンが互いの動きによって打ち消し合うことで本来は滑らかに回転する。だが、それゆえに4つのシリンダー(燃焼室)の燃焼が少しでもズレると、そのバランスが崩れて振動につながってしまう。その現象の原因をたどっていくと、水平対向エンジンならではの根本的な課題にたどり着いた。
泡(エア)の袋小路
関「水平対向エンジンと直列エンジンの構造の違いによって生じる大きな課題のひとつが、エンジンオイルに空気の泡が混ざってしまう現象”エアレーション”です。内燃機関においては、クランク、ピストン、カムシャフトなど、すべての稼働部品にオイルによる潤滑を施しています。エンジンオイルはオイルパンからオイルポンプで吸い上げられ、潤滑が必要な場所に運ばれ、潤滑の役目を終えるとオイルパンに戻り、再びオイルポンプで吸い上げられ~、というサイクルを繰り返しています。このサイクル中の「潤滑を終えたオイルがオイルパンに戻る」という所で、構造の違いによる差が出ます。
直列エンジンの場合、シリンダーが垂直に配置されているので潤滑を終えたオイルは素直にオイルパンに落ちていきますが、シリンダーが水平に寝ている水平対向エンジンでは、オイルは横に流れるのでオイルパンに戻りづらいのです。そのため、動いている部品の周辺で滞留・撹拌されることで”エアレーション”が発生しやすいのです」
初期のEJ20で発生した予期せぬ振動と異音の原因も、根本をたどると、この水平対向エンジンならではの”エアレーション”にあった。
関「高回転運転後のアイドリング時にユサユサとした振動やカンカンと言った異音がエンジンから発生していたのは、吸・排気バルブ(混合気や排気ガスの流れを制御するフタ)を正確に動かすために欠かせないHLA(ハイドロリック・ラッシュ・アジャスター:油圧式隙間調整装置)にエアが入り込んでしまうことが原因でした」

金属製のバルブは燃焼時の高熱にさらされることで熱膨張し、最大0.3ミリほど伸びてしまう。そのため、熱で伸びた状態を基準に、あらかじめバルブの軸の先端とそれを上から押し下げるカムシャフトとの間に隙間(あそび)を設け、バルブの長さを短めに設計している 。 しかし、隙間が大きすぎるままエンジンを動かすと、回転するカムシャフトがバルブの軸の先端を激しく叩き、異音を出したり、さらには部品を傷めてしまうため、カムシャフトとバルブの軸の先端の隙間は常に適切に管理する必要がある。
HLAは、”油圧式隙間調整装置” という名称の通り、オイルの油圧を利用して、エンジンが冷えているときには伸び、高温のときには縮むことで、常にカムシャフトとバルブの軸の先端を密着させる役割を果たしている。ところが、ここにエアが混入すると問題が起きる。液体(オイル)は押しても縮まないが、気体(空気)は押されると簡単に縮む性質があるためだ。オイル内部にエアが混ざったHLAは、固い棒としての役目を果たせず、スポンジのように縮んでしまう。その結果、バルブを十分に押し開けることができなくなる。

関「エンジン振動は、バルブの開閉タイミングが狂い、正確な吸排気が妨げられて、気筒間の燃焼がズレてしまったことが原因でした。また、異音は、エアの混入によってカムがロッカーアームを叩く状態となり、発生していました。EJ20の初期型の動弁系に採用されていたエンドピボット式というシステムは、カムシャフトがシーソーのようなアームを介して間接的にバルブを押す仕組みです。この方式では、シーソーの片方の端を固定する土台としてHLAを使い、カムシャフトからかかる強い力を下から突っ張って支え続けるために、HLAの本体をシリンダーヘッドに直接深く埋め込まなくてはなりません 。そのため、油路が奥で行き止まりになり、横に寝た水平対向エンジンでは、単純に設計してしまうと空気の泡がHLAがある袋小路に閉じ込められてしまうのです。
私が入社する前の設計になりますが、このDOHCのHLAシステムはエアレーションに対して非常によく考えられている半面、複雑で、製造性と原価が犠牲になる側面もあったものだと考えています」
水平対向ゆえの必然=高出力化への布石
関「この問題を解決するために、私はバルブ開閉のシステムを『直打方式(ダイレクトプッシュ式)』に変更しました。具体的には、カムシャフトがアームを介して間接的にバルブを押す仕組みから、バルブの軸の先端に被せるコップのような部品である『タペット』を直接押す方式に変更し、このコップの中にHLAを組み込んだのです。 リザーバ室を2つ持つ設計にして従来型で生じていた袋小路を解消し、エアが入りにくく、入ってもすぐに排出できるようになりました」
こうして関が対策を施したEJ20は二度と同じ不具合を起こすことが無くなり、NA(自然吸気)エンジン搭載モデルから先行採用されてゆく。 当時、一般的な直列エンジン車では、エンドピボット式(ロッカーアーム式)のSOHC動弁系が広く採用されていた。対して、シンプルな構造で軽量化も図れる「DOHC直打方式」は、古くからレーシングカーなどに使われており、高回転まで正確に回ることから“スポーティな仕組み”というイメージが強かった。
関「当時は他社も展開が様々で、同時期のDOHCを見ると、トヨタはカローラレビン等の『4A-G型』やセリカXX等の『1G-G型』ともに、HLAを使わない旧タイプのソリッドの直打方式で、高回転性能を優先していました。日産は7thスカイラインで初の直打方式HLAを採用し、メンテナンスフリーを狙っていました。ただし、その日産でも『スカイラインGT-R(R32型)』に搭載された『RB26DETT型』では、レースを意識してソリッドの直打を採用していました 」
旧タイプのソリッド直打方式は、軽量・シンプルな構造で高回転性能型ではあったが、金属の熱膨張を想定した遊び(すき間)を正確にコントロールするため、定期的なメンテナンス(タペット調整)が必要という欠点があった。HLAは精密な油圧メカニズムですき間を自動調整することでそれを解決し、快適性を高め、メンテナンスフリーにする装備だったため、当時は主に静粛性が求められるモデルを中心に装備されることが多かった。このような状況下で、関がこのとき直打方式HLAを選択した本当の理由は、単に性能を追い求めるためではなく、シリンダーが真横に寝ているという「水平対向エンジンならではの課題」を根本から解決するために、必然の選択だったのである。ただしこの後、さらに強靭な金属材料をバルブの受け皿として用いることで、HLAを使わなくても、軽量で限界まで高回転に回すことができ、部品がすり減らない完全メンテナンスフリーに進化した直打方式が開発される。
関「 市場対応と並行して、その当時は不可避と考えられていた動弁系の摩耗に対しても、メンテナンスフリーのフルライフ保証の開発をしていました。2代目レガシィのビッグマイナーチェンジ、ターボエンジンの280PS化のタイミングでDOHCのHLA廃止を実現しました。エンドピボットから直打方式HLAへの変更は、初期EJ20 の不具合対策だけではなく、将来的なソリッド直打方式=高回転高出力化への布石でもあったのです」
