水平対向エンジン60周年に寄せて SUBARU BOXER 60th Anniversary

SUBARU BOXER 60周年をテーマに、メディアやジャーナリストなどから寄せられた
メッセージをお届けする、クルマ情報サイト「Car Watch」との連動コラム。

  • 第1回

  • 第2回

  • 第3回

今回の短期連載では、スバルの水平対向エンジンが誕生60周年の節目を迎えるにあたり、各方面からのメッセージを3回にわけてお届けする。第1回はメディアの視点から、Car Watchの記者 谷川潔が取材の中で見てきたスバルの水平対向エンジンの思い出や印象を紹介する。

第1回 Car Watch記者が水平
対向エンジンの
歴史を振り返る

編集部:谷川 潔

スバルの水平対向エンジンが2026年で60周年を迎える
スバルの水平対向エンジンが2026年で60周年を迎える

取材者から見た
水平対向エンジンの進化

スバル 1000に搭載されたスバル独自の水平対向エンジン「EA型」が誕生してから2026年で60周年になるという。Car Watchでは創刊以来さまざまな形でスバルの水平対向エンジンを取り上げてきたが、取材をするたびに進化していく水平対向エンジンに対する読者の興味の強さは、こちらの予想を超えていることが多いものだった。世界でも希有な量産水平対向エンジンを搭載するクルマを作り続けるスバルへの期待値の高さがうかがえた。

記者は子供のころは東京都三鷹市在住で、春になると富士重工業とICU(国際基督教大学)は桜並木を一般公開しており、桜が咲き誇っていたのを覚えている。大人になってから三鷹工場でスバルの水平対向エンジンが作られていたのを知り、水平対向エンジンとの不思議な縁を何となく感じていた。

本誌は2008年9月の創刊となるため、2026年は18周年を迎える年になる。スバル水平対向エンジンの歴史と比べると3分の1以下だが、近年のスバルは「BRZ」といったスポーツカーの発売、環境や安全性の向上のためのSGPプラットフォームへの刷新、そして直近では大きく燃費を向上させた「S:HEV」ストロングハイブリッドの投入など、パワートレーンのラインアップを多様な形で広げている。

スバル独自の水平対向エンジン「EA型」
スバル独自の水平対向エンジン「EA型」
スバルの水平対向エンジンの歴史は「スバル 1000」から始まった
スバルの水平対向エンジンの歴史は「スバル 1000」から始まった

今でも名機として語られる「EJ型」の水平対向4気筒2.0リッターEJ20エンジンは、1989年の初代レガシィとともに登場。本誌で取材を行ない続けた2000年代はスバルのフルラインアップを支えたEJ20エンジンを、どのように刷新していくのかという時代であったように思える。

「EJ型」エンジン
「EJ型」エンジン
EJ20エンジンは、初代レガシィに搭載されて1989年(平成元年)にデビューし、スバルのさまざまなモデルラインアップに長期にわたって採用された
EJ20エンジンは、初代レガシィに搭載されて1989年(平成元年)にデビューし、スバルのさまざまなモデルラインアップに長期にわたって採用された

現在もスバルのラインアップを支える新世代水平対向エンジン「FB型」は、2010年9月29日に新宿にあった東京本社で説明会を開催。初めて見たときの激変ぶりに驚いた覚えがある。

「FB型」エンジンが2010年に登場
「FB型」エンジンが2010年に登場
新型エンジンとなるとフルモデルチェンジのタイミングで新搭載されそうなイメージだが、新しいFB20エンジンは2010年10月に発売された「フォレスター」の一部改良モデルから搭載された
新型エンジンとなるとフルモデルチェンジのタイミングで新搭載されそうなイメージだが、新しいFB20エンジンは2010年10月に発売された「フォレスター」の一部改良モデルから搭載された

このFB型では、それまでのスバルの水平対向エンジンの特徴であったショートストロークタイプ(ピストンのボア径よりも、ストローク長が短いこと)から、燃焼の効率向上を求めてロングストロークタイプへと変更された。具体的には、同じ2.0リッターエンジンでもEJ20の92×75mm(ボア×ストローク)から、FB20では84×90mmへとロングストローク化し、ストローク/ボア比(S/B比)をEJ20の0.82から1.07へと変更。圧縮比は10.2から10.4(発表時、現在は12.5のものも)へと引き上げられた。

スバルは、この高効率なFB型エンジン発表の翌月に現在も続くブランドステートメントである“Confidence in Motion”を発表。「安心と愉しさ」を実現するFB型エンジンと先進運転支援システムである「アイサイト」によって大きな成長を遂げた。

水平対向エンジンの高効率化の次にスバルが手を打ったのは、新時代の水平対向スポーツユニットを提供すること。それが「FA型」エンジンで、スバルとトヨタ自動車が共同開発したBRZ/86用のユニットとして2012年に登場した。

水平対向スポーツユニットの「FA型」エンジン
水平対向スポーツユニットの「FA型」エンジン
2012年デビューのBRZ(トヨタ自動車「86」)からFA20エンジンが搭載された
2012年デビューのBRZ(トヨタ自動車「86」)からFA20エンジンが搭載された

その特徴は、FB型よりも高回転志向とした86×86mmのボア×ストローク(ストローク/ボア比1.0)を採用していることにある。この86×86のスペックは「86スクエア」とも呼ばれ、2.0リッター4気筒のスポーツエンジンでの採用例が多い。そのスポーツスペックに、トヨタの直噴システムを組み合わせたのがBRZ/86用のユニットとしてデビューした自然吸気のFA20エンジンになる。FA20のエンジンカバーには「D-4S」の文字とトヨタとスバルのロゴが入っており、当時の開発担当者は「両者の協業の証」と話していた。

興味深いのはその数か月後には、FA20をターボ化したFA20 DITがレガシィ用のパワーユニットとしてデビューしたこと。よりパワフルになるとともに、こちらのFA20 DITでは直噴システムがスバル製となっていた。同じFA20でもターボのあるなしで直噴システムの使い分けがなされるなど、それぞれに技術的チャレンジが行なわれていたのが印象的だ。

直噴ターボのFA20 DITエンジンがレガシィに搭載されて2012年5月に登場した
直噴ターボのFA20 DITエンジンがレガシィに搭載されて2012年5月に登場した

スバルは同社独自の直噴システムを大きく発展させ、リーンバーンの領域にまで持ち込み、さらにエンジンそのものをコンパクトにした最新の水平対向エンジンを2020年に送り出す。それがCB型で、コンパクト化を図るためベースの排気量を1.8リッターとし、ボア×ストロークは80.6×88.0mm(ストローク/ボア比は約1.09)の圧縮比10.4を採用。

空燃費をストイキ燃焼(14.7:1)の2倍の領域まで持っていく(λ=2)ことにより、超希薄燃焼を行なうことで熱効率も向上。熱効率は現代の内燃機関としてトップクラスの40%と発表されており、この領域での燃焼のために直噴とターボが必須になっている。

コンパクト化されたCB型エンジン
コンパクト化されたCB型エンジン
CB18エンジンは2020年10月15日に発表された2代目「レヴォーグ」に初搭載された
CB18エンジンは2020年10月15日に発表された2代目「レヴォーグ」に初搭載された

2008年の本誌創刊以来、FB型、FA型、CB型といった新世代水平対向エンジンの新発表を取材してきたが、改めて振り返ると名機と呼ばれたEJ20では最大出力こそ今でも一流ではあるものの、出力特性や環境性能、燃費性能に難があり、それらを克服する戦いをスバルが行なってきたことが分かる。

出力性能だけでなく、環境性能や燃費性能の両立を図るには、1型式のエンジンではすべてをカバーできる時代ではなく、高効率なFB型、パワー特性に優れたFA型、最大の熱効率を狙ったCB型といったバリエーションでスバルのラインアップを構成している。

さらに現在では、進化したストロングハイブリッドであるS:HEVも登場し、低域の要求特性をある程度ハイブリッドトランスミッションに任せることで、水平対向エンジンをより積極的に味わえるようになっている。

新たなパワートレーンとなるストロングハイブリッド「S:HEV」を「クロストレック」「フォレスター」に展開している
新たなパワートレーンとなるストロングハイブリッド「S:HEV」を「クロストレック」「フォレスター」に展開している
新たなパワートレーンとなるストロングハイブリッド「S:HEV」を「クロストレック」「フォレスター」に展開している

時代は電動化へと向かっているものの、以前のようにバッテリEV一辺倒ではなく、地域や市場に合わせたさまざまな形のxEVが求められている。その中でSUBARU BOXERと呼ばれる水平対向エンジンを搭載したスバルのクルマは、シンメトリカルAWDと名付けられたバランスのよい搭載方法とともに、独自の存在感を発揮し続けるのは間違いないだろう。

最後にまったく個人的なことだが、FB型にしろCB型にしろ、今回記事を執筆するにあたってインターネットを検索してWikipediaなども参照させていただいた。Wikipediaであれば「なるほど!」と思ったことも、当然ながらアーティクルの末尾に掲載されている一次資料まで遡って確認を行なっているのだが、そこに出てくる一次資料がCar Watchの記事であることもしばしば。自分の記憶力のなさを感じると同時に、こうしてスバルの発表会を記録し続けたことが少しは世の中のお役に立っているのかなと感じた次第だ。これからもクルマの進化や発展を記録し、多くの人にお届けしていきたい。

この他の「寄稿コラム 水平対向
エンジン60周年に寄せて」

今回の短期連載では、スバルの水平対向エンジンが誕生60周年の節目を迎えるにあたり、各方面からのメッセージを3回にわけてお届けする。第2回はラリー界のレジェンドドライバーである日下部保雄氏が、モータースポーツの視点からスバルの水平対向エンジンの活躍を振り返る。

第2回 元ラリードライバー
日下部保雄が
モータースポーツから
見たBOXERエンジンを語る

著者:日下部 保雄

スバルの水平対向エンジンが2026年で60周年を迎える
スバルの水平対向エンジンが2026年で60周年を迎える
日下部保雄氏(写真左)がモータースポーツ界でのスバルBOXERエンジンの活躍を振り返る
日下部保雄氏(写真左)がモータースポーツ界でのスバルBOXERエンジンの活躍を振り返る

BOXERエンジンとモータースポーツ

かつて東洋一の航空機メーカー、中島飛行機の血統を受け継いだ富士重工業(現スバル)。戦後復興の時期に政府が打ち出した国民車構想に航空機技術を活かして開発したのが「スバル 360」だ。軽量モノコック構造で室内が広い軽は瞬く間にファンが広がった。

本格的な小型車は1966年にリリースされた「スバル 1000」だ。当時としては画期的だった前輪駆動にモノコックボディ、そしてエンジンには水平対向4気筒の1.0リッターエンジンを搭載した。まるで宇宙から舞い降りたかのような斬新な小型車だった。

スバルの礎を築いた「スバル 360」
スバルの礎を築いた「スバル 360」
スバルの礎を築いた「スバル 1000」
スバルの礎を築いた「スバル 1000」

水平対向エンジンを新規開発した目的は、振動が小さくコンパクトなエンジンを前車軸の前に配置し、パワーステアリングのない時代に、ハンドルに伝わる振動も減らせるという美点もある。その後のスバルを決定づけるレイアウトはこのときから始まった。

左右対称に置かれたパワートレーンはプロペラシャフトをまっすぐリアデフまで伸ばせるため4WD化しやすい。1972年に東北電力の依頼で試作生産された「ff-1 1300G 4WD」で花開いた。乗用車4WDは世界でも稀で、この後に続くスバルの特徴となる記念すべきモデルである。

スバルのパワートレーンはコンパクトで、軽快に回るフラット4のリズムは独特でちょっとワクワクした。室内が広くて明るいのも斬新だった。

スポーツモデルではスバル 1000のEA52エンジンにソレックスキャブレターでパワーアップを図ったEA53が初めてとなる。さらに1969年には排気量を1100ccにしたff-1が登場し、主としてラリーで活躍した。当時のラリーはすべてグラベル。FFの強力なトラクションや軽量なボディ構造が過酷なラリーでも有利で、モータースポーツへの可能性も高いことが立証された。

ff-1 1300Gのあとに水平対向エンジンが載ったのは「レオーネ」だ。スバル 1300の装備がシンプルだったことから、レオーネは装備を充実させたことで重量が増したため、排気量を1.4リッターにアップしたEA型とした。

レオーネは富士重工として初めて海外ラリーの第一歩を踏み出した水平対向エンジン搭載車で、オーストラリア・サザンクロスラリーにFFで挑戦した。

海外ラリーの第一歩を踏み出した「レオーネ」
海外ラリーの第一歩を踏み出した「レオーネ」

レオーネ時代は過酷なことで知られるサファリラリーに1.8リッターターボ(EA81T)で参戦。世界に先駆けて4WD+ターボ技術の熟成を図った。全日本選手権ラリーにもチーム・スバルはレオーネで参加。エースの清水和夫選手は舗装のスペシャリストでもあったが、オールターマックの関西ラリーでこれまでの常識を覆し、4WDの速さを見せた。グラベルではないのにレオーネが上位に食い込んだことが大きな出来事だった。この活躍は、ターマックでもターボと4WDの組み合わせが、これからのラリーの中心になっていくだろうと予感させた。

その流れを汲む1.6リッターのEA71 OHVエンジンは、実は日本のモータースポーツ界に大きな貢献をしている。それが当時レーシングドライバーの登竜門だったFJ1600だ。シンプルな葉巻型フォーミュラに搭載され、メンテナンスも容易で重心高の低い水平対向エンジンはミッドシップとの相性もよく、数多くのドライバーが参加する激戦の中で腕を磨いたドライバーが、その後の日本レース界に大きな影響を与えた。

そしていよいよ本格的なWRC参戦となる「レガシィ」の時代に入る。

その準備として富士重工はSTI(SUBARU TECNICA INTERNATIONAL)を立ち上げ、モータースポーツでも小回りのきく組織とした。STIの最初の仕事は新型車となるレガシィの10万km連続高速耐久記録の達成である。新聞の全面広告を今でも覚えている。

「レガシィ RS」がFIA公認の10万km連続走行世界速度記録を達成
「レガシィ RS」がFIA公認の10万km連続走行世界速度記録を達成

レガシィはDOHC16バルブとした新設計エンジンで、パワーと耐久性の高さを証明するための自信に満ちたプロモーションで、わずか19日間で平均速度223.345km/hというFIA公認記録を打ち立てることができた。やがて名機となるEJ20の華々しいデビューである。

レガシィとの思い出は多士済々のエンジニアたちだ。特に印象に残っているのは桂田勝さん。後にSTIを率いる3代目レガシィの主査である。パワーステアリングのフィーリングについて意見のすり合わせのために一緒に箱根の山を走り回ったことがある。高回転では独特の音を発するEJ20のエキゾーストノートを聞きながら、細かい話にも真摯に耳を傾けてくれたのは、自分にとっても貴重な経験だった。桂田さんは「航空機をやりたかったが、いつの間にか自動車をやるようになった」と笑っていたが、その後、STIで強いスバルを育てていくことになる。

1990年、STIはモータースポーツの名門、英国・プロドライブ社と提携し、レガシィでWRCに参戦を開始した。最初のラリーは日本人になじみの深いサファリラリー。過酷な悪路に毎年多くのリタイア者を出すカーブブレイカーラリーとしても有名だ。5台もの体制でSTIとして初めてのWRCに参戦したが、高い壁に阻まれ、地元のヘイザーのみが6位で完走した。一方、改造範囲の少ないグループNでパトリック・ジルがクラス優勝を遂げたことは、初参戦としては大きな成果だった。この年の完走率は特に悪かった。レガシィにとって初めてのWRCはシーズンを通じてラリーの過酷さを痛感することになったが、確実に速さと堅牢さを蓄えていく年でもあり、EJ20には雌伏の年でもあった。WRCは甘くない。

1990年からレガシィ RSでWRCに参戦を開始した
1990年からレガシィ RSでWRCに参戦を開始した

レガシィのWRC初優勝は1993年のコリン・マクレーまで待たなければならないが、グラベルでの戦闘力は高く、特にニュージーランドのような高速グラベルではロングホイールベースの本領を遺憾なく発揮した。苦戦していたEJ20はハイパワーを達成し、快調そのもの。速さと引き換えにクラッシュの絶えなかったコリン・マクレーに安定をもたらし、チャンピオンドライバーになってゆく。

この年、レガシィのスポンサーカラーはブリティッシュたばこ、ステートエクスプレス555のネイビーブルーにイエローの数字が入ったロゴとなった。のちにWRCのスバルと言えば濃紺と555を連想させるようになる有名なタッグである。

1993年から「スバルのラリーと言えばこの色」となるネイビーブルー×イエローの555のカラーリングとなった
1993年から「スバルのラリーと言えばこの色」となるネイビーブルー×イエローの555のカラーリングとなった

スバルにとって印象に残るドライバーはやはりコリン・マクレーだ。とんでもなく速いもののアクシデント率も高かった。SWRT(SUBARU WORLD RALLY TEAM)はマクレーの将来性を見込んで根気よく乗せ続けた。

レガシィはWRCの一角になくてはならない存在になったが、STIでは次の一手としてツイスティな欧州ラウンドにも適応できるホイールベースの短いインプレッサを用意した。

1993年のラリー・フィンランド(1000湖ラリー)から、WRCでのインプレッサの活躍が始まる
1993年のラリー・フィンランド(1000湖ラリー)から、WRCでのインプレッサの活躍が始まる

レガシィが活躍した時代はグループA。量産車に4WDとターボをラインアップに持つ日本車はスバルのほか、三菱、そしてトヨタがWRCのメインコンテンダーとして毎戦激しい戦いを繰り広げた

インプレッサに搭載されたEJ20エンジンはレガシィ時代から進化を続け、耐久性とパワーで常にSWRTを支えた。ちなみにプロドライブの拠点は英国で、シャシーはWRCのノウハウがある英国で開発されたが、エンジンは日本で開発し英国で組み付けていた。

「インプレッサ」にもEJ型エンジンが搭載された
「インプレッサ」にもEJ型エンジンが搭載された

さてSWRTは伝統的にグラベルラリーで強かったが、4WDが進化するとターマックラリーでも強さを発揮し、グループA最後の1995年に念願のWRCタイトルを獲得。以降、WRカー時代に入っていた1997年まで3年連続マニュファクチャラーズタイトルを獲得する。

これ以降もペター・ソルベルグやマクレーのドライバータイトルなど、幾多のドライバーが名を挙げた。インプレッサのハンドルを握ったのはカルロス・サインツ、ユハ・カンクネン、リチャード・バーンズ、マルク・アレン、アリ・バタネンと枚挙に暇がない。世界のトップラリーストのほとんどの名前を挙げることができる。

忘れてならないのはグループNでの新井敏弘選手のチャンピオンタイトルだ。SWRTの一員として世界を転戦した。日本人WRCドライバーのパイオニアとして存在感があった。その活動は今年の全日本選手権での「BRZ」をベースとして、FA24にターボを載せ4WD化したスーパーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」に受け継がれている。

新井敏弘選手は現在もFA24エンジンにターボを搭載した「BRZ」ベースのラリーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」で全日本ラリーに参戦している
新井敏弘選手は現在もFA24エンジンにターボを搭載した「BRZ」ベースのラリーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」で全日本ラリーに参戦している
新井敏弘選手は現在もFA24エンジンにターボを搭載した「BRZ」ベースのラリーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」で全日本ラリーに参戦している

国内ラリーでもインプレッサ WRX STiは毎年、毎戦、常にトップランナーであり続け、レースやジムカーナ、ダートトライアルで数多くのプライベートチームにとって重要なクルマだった。

また、SUPER GT GT300にキャロッセからエントリーしたインプレッサは、GTレースにスバルという新風を吹き込んだ。

インプレッサから「レガシィ B4」、BRZとベース車両を変えつつ、現在はBRZベースのマシンに水平対向6気筒3.0リッターツインターボエンジンを搭載し、SUPER GTに挑んでいる
インプレッサから「レガシィ B4」、BRZとベース車両を変えつつ、現在はBRZベースのマシンに水平対向6気筒3.0リッターツインターボエンジンを搭載し、SUPER GTに挑んでいる

インプレッサは林道だけでなく、サーキットでも速かった。回頭性のよさと旋回性能の高さ、4輪でグリップする安定性の高さはEJ20とシンメトリカルAWDの効果が大きい。トラクションの大きさと高回転まで突き上げるようなEJ20のパワーは、次のコーナーに狙いを定めるとまさに飛んでいくような強烈な加速だった。リアグリップの高さもスバルのシンメトリカルAWDの特徴だ。しかもブレーキングも4輪で沈み込んでいくような姿勢を保つため、制動距離もわずかに短かった。走るためにパッケージとしての完成度は高かった。

自分自身でもインプレッサは気になる存在だった。インプレッサの強みは軽量低重心のフラット4エンジン。当時よきライバルだったランサーエボリューションは4G63型の直列4気筒2.0リッターターボエンジンを搭載していた。トルクの分厚さが特徴でタイム的にもいい勝負だった。

2車の特徴では、ハンドル応答性の鋭さはインプレッサの大きな武器だった。反応が鋭く、Rの大きな左右切り返しでは手首の動きで機敏に反応する。最も俊敏な動きを感じる一瞬だ。一方のランサーエボリューションはロールを抑えたサスペンションでジワリと曲がっていく感覚が特徴だった。

さらにインプレッサは4輪の接地力が高く、リアから押し出すような駆動力も印象的だ。今に続くスバル伝統の持ち味は、この後さらに洗練されていく。最近試乗したBEVの「トレイルシーカー」でもスバルらしさが受け継がれていた。感慨深い。

よきライバルだったインプレッサとランサーエボリューションは、世代を重ねるごとに磨きをかけ、目指す目標は同じ方向だった。エンジンは中速回転域の大きなパンチ力が特徴の4G63型に対して、EJ20は天を突くようなまっすぐなパワフルフィール。2車の性格の違いとなっていた。

両車に共通するのは4気筒と4WDという文字だけだが、それがラリーの世界では毎回コンマ秒の世界で戦っていた。面白い時代だった。

同じ4WDでも水平対向エンジンを搭載するスバル車とそれ以外の車両で、それぞれに特徴が異なる
同じ4WDでも水平対向エンジンを搭載するスバル車とそれ以外の車両で、それぞれに特徴が異なる

傑作エンジンEJ20の時代は永遠に続くかと思われたが、次世代の水平対向スポーツエンジンに引き継がれた。2.0リッターのFA20、2.4リッターのFA24フラット4として、4WDの「WRX S4」、FRのBRZやトヨタ・86(現GR86)に搭載され、スーパー耐久や、過酷なことで知られるニュルブルクリンク24時間レースに挑戦し、戦うBOXERの伝統を受け継いでいる。

FAエンジンで思い出すのは86のCEだった多田さんが、BOXERエンジンがなければあのレイアウトは生まれなかったと語ったことだ。コンパクトで低重心、振動の小さいエンジンがFRのスポーツカーを生み出し、ワンメイクレースは多くのドライバーに走る場を提供した。

EJ20特有の「ドドド」という排気音は消えたが、低周波の「スバルの音」は健在だ。また、トランスミッションはWRX S4はスバルパフォーマンストランスミッション(CVT)、BRZはATとMTと、それぞれのモデルで異なっているものの、どれもスポーツを五感で楽しむことができる。

ドイツ・ニュルブルクリンクで開催されるニュルブルクリンク24時間レースに2008年から継続して参戦。戦いの中でスバルの水平対向エンジンを鍛えている
ドイツ・ニュルブルクリンクで開催されるニュルブルクリンク24時間レースに2008年から継続して参戦。戦いの中でスバルの水平対向エンジンを鍛えている

水平対向エンジンはコンパクトで重心高が低く、スポーツカーにとって運動性能を決める絶対的な要素を生まれながらに持っている。どのモデルもクルマとの一体感を得られるスバルらしさがあるのは、水平対向エンジンゆえだ。BOXERはこれからも続いていくに違いない。

これからもスバルのBOXERエンジンは続く
これからもスバルのBOXERエンジンは続く

この他の「寄稿コラム 水平対向
エンジン60周年に寄せて」

今回の短期連載では、スバルの水平対向エンジンが誕生60周年の節目を迎えるにあたり、各方面からのメッセージを3回にわけてお届けする。最後の第3回はスキー関連の映像撮影のため20代から国内外を巡る鈴木康聡さんのエピソードをお届けする。

第3回 雪山も山道もどこでも行ける!
ムービーカメラマン鈴木康聡が
スバルを
愛してやまない理由

著者:栗山 ちほ

スバルの水平対向エンジンが生み出すシンメトリカルAWDで雪道でもしっかり走れる性能は、鈴木さんの仕事の上でも重要な性能
スバルの水平対向エンジンが生み出すシンメトリカルAWDで雪道でもしっかり走れる性能は、鈴木さんの仕事の上でも重要な性能
映像カメラマンとして活躍している鈴木康聡(すずき・やすあき)
鈴木康聡(すずき・やすあき)。1967年11月11日群馬県出身。東京工芸大学卒業後すぐに映像カメラマンとして活動を開始。スキーを中心に、モータースポーツなどの映像を撮影する。一方、少年期に山や自然の素晴らしさに心惹かれ、学生時代は山小屋でのアルバイトなども行なう。2024年には尾瀬の山小屋の支配人となり、冬はスキーやスノーボードの撮影、夏は山小屋の支配人という二足のわらじ生活を送った。2025年に山小屋の経営が代わり、現在はまた映像カメラマンとして活躍している

1980~90年代に放送されていたスキー専門番組「SKI NOW(スキーナウ)」をはじめ、スキー関連のムービーカメラマンとして長年活躍している鈴木さんは、大の山好き。2024年には尾瀬国立公園「原の小屋」の支配人をワンシーズン務め、運営から遭難者救助、荷上げまで多様な業務をこなした経験もある。また、23歳で「アルシオーネ」を購入し、現在の「レガシィ アウトバック」に至るまで、36年にわたりスバル車を乗り継いできた生粋のスバリストでもある。スキーと山を愛する鈴木さんの人柄と、彼の活動を支えているスバル車との深い関係性を紐解いていきたい。

スバル車との出会い

スキー関連の映像撮影のため20代から国内外を巡る鈴木さん
スキー関連の映像撮影のため20代から国内外を巡る鈴木さん

スーパーカーブームなどもあり小学校時代からクルマに興味を持っていた鈴木さん。しかし、ムービーカメラマンの助手として働き始めた20代前半は、スキー撮影のため1年の半分をヨーロッパや南半球などの海外で過ごす多忙な日々を送っていた。国内撮影でも機材を積んだ大型ワンボックスカーでクルーたちと移動していたため、「自分のクルマは必要ないし、乗る時間もない」という状態だったという。

そんな鈴木さんが念願のマイカーを購入したのは23歳のとき。「若いころの男って、やっぱりメカメカしいものが好きだし、クルマへの憧れもありますよね。そんな単純な理由から、自分のクルマが欲しいと思うようになったんです」と当時を振り返る。1980年代後半から90年代初頭の自動車業界は、ターボ全盛期。少年時代から自動車雑誌を愛読していた鈴木さんは、クルマを持っていなくてもスペックやメカニズムに関する知識は豊富で、スバルの代名詞である「水平対向エンジン」の存在も当然知っていた。「予算が限られるなかで手が届く中古車を探しましたが、やっぱり自由に、いつでも好きなときに遠くまで行きたいという憧れがあり、結果としてスバルを選択しました」と、クルマ選びの動機を明かす。

念願の相棒、スバル「アルシオーネ」を手に入れた鈴木さんは、伊豆や房総半島へドライブに出かけた。さらに山好きが高じて、奥多摩や丹沢の林道といった砂利道(グラベル)にも好んで足を運ぶようになる。「険しいオフロードではなく、未舗装のグラベルなどを高速かつ安定して移動できる乗り物。それこそが、スバルが昔から目指している姿だと思うんです」と鈴木さん。当時はジープやパジェロ、ランクルといった本格四輪駆動車が注目度を上げていた時代。そんな中、普通の乗用車を4WD化して車高を上げるという独自の道を切り拓いたスバルに、鈴木さんは心惹かれた。「スバルの何がすごいかって、レガシィ アウトバックやフォレスター、かつてのレオーネなども含めて、ラインアップに4WDじゃないクルマがほぼないことなんです。他社だと、SUV風のデザインでも実は2WDという車種がむしろ主流だったりしますが、スバルは、当たり前のように『水平対向エンジン×4WD』というスタイルを貫いている。そこが本当にすごいなと思います」。

水平対向エンジンへの思い

林道を走りに行ったり、登山に出かけたり。スバル車は最高の相棒
林道を走りに行ったり、登山に出かけたり。スバル車は最高の相棒

スバルの「水平対向エンジン」は、クランクシャフトに対して左右水平にピストンが配置されて回転する機構のこと。鈴木さんは、「このエンジンがクルマのど真ん中に位置しているからこそ、実は4WD化がしやすいんですよ」と語る。また、「エネルギーを生み出す源がクルマの中心にあり、そのパワーをそのまま真っ直ぐ後ろへ伸ばして後輪に振り分けることができます。スバルの設計が何より一番素晴らしいと思うのは、このレイアウトのおかげで左右の重量バランスが完全に均等になる、左右対称の『シンメトリカルAWD』というシステムに仕上げられる点ですね」と理想的な設計を高く評価。さらに、「4WDこそ最も安定したクルマのあるべき姿だ、というスバルの思想を感じます。だって、わざわざそんな手間のかかる機構を追加しなくてもクルマは動くのに、当たり前のように4WDにする。そこにはメーカーのモノづくりに対する強いこだわりと、熱い思いを感じますね」と熱弁する。

水平対向エンジンはかつて、その低重心さゆえにボンネットを薄く設計でき、フロントのダウンフォース(車体を路面に押し付ける力)を高められる利点があった。今となっては古い時代の話かもしれないが、デザインや空力性能におけるこの優位性はスバルの強みだった。「2代目の愛車は『アルシオーネSVX』。空気抵抗を示すCd値で、初めて基準値となる0.30を下回る数値を叩き出したのがこの名車です」と、鈴木さんが語るように、低重心化には多大な利点が存在する。

スバルを乗り継ぐ理由

初めてのワゴン「レガシィ ランカスター6」が最も長く乗った愛車
初めてのワゴン「レガシィ ランカスター6」が最も長く乗った愛車

撮影の仕事で各地をめぐる鈴木さんは、さまざまなクルマを運転する機会が多く、そうした折に自分のクルマと他社のクルマとの明確な違いや、愛車の強みを実感するという。クルマは、最も重い部分を中心に集め、低い位置に配置するのが最も安定するが、「水平対向エンジン」は、まさにエンジンルームの左右中心に据えられている。鈴木さんは、「だから、一般的なエンジンに比べて一番重いパーツを路面に近いところへ持っていくことができ、その結果、クルマが抜群の低重心になり、走りの安定感へとつながっていきます。高速道路でもブレず、狙ったラインにピタッとタイヤがトレースするような、オンザレール感覚をもたらしてくれるんですよ」と、走りの魅力を熱心に伝える。

この「乗ればわかる」という感覚は、鈴木さんのメインの仕事であるスキーとも深く共通している。ハイスピードで滑ることを想定したアルペンレースモデルや基礎スキーの上級者用モデルは、スキーやブーツなどの足下を重く硬く設計することで滑走の安定性を生み出すからだ。道具の構造が走りに直結するスバル車とスキーには、「使えばわかる」という感覚、信頼ともに強い親和性がある。

何度も通った尾瀬。至仏山の登山道から雄大な尾瀬ヶ原を眺める鈴木さん
何度も通った尾瀬。至仏山の登山道から雄大な尾瀬ヶ原を眺める鈴木さん

鈴木さんの愛車は、最初の2台こそクーペだったが、3台目からはワゴンの「レガシィ ランカスター6」へと移行した。仕事でマイカーを使う機会が増え、撮影機材などの荷物を積載できるようにと考えたからだ。それでも「どこにでも行けるクルマ」というスバル車への愛着は一貫してブレず、その高い走破性は実際の現場に向かう山道や雪道で実感している。また、2024年に尾瀬国立公園の「原の小屋」で支配人を務めていた時期も、主要な登山口の1つであり、標高1591mに位置する鳩待(はとまち)峠までの険しい山道を、この相棒とともに通い続けていた(鳩待峠は一般車両は入ることができないが、山小屋など尾瀬の関係者は許可証をもらい入ることができる)。

レガシィのツーリングワゴンは、日本におけるステーションワゴンブームの先駆けとして知られる存在だ。発表当初は、セダンの荷室を広げた形状の車種は「ライトバン」と呼ばれ、貨物を積む安価な商用車というイメージがあった。しかしスバルは乗用車でその概念を覆し、ワゴンに上質なシートを据え、さらにパワーのあるエンジンを搭載。荷物が積めて、人が快適に乗れ、走りも楽しめる高性能なステーションワゴンへと最初に進化させたのが、まさにスバルのレガシィだった。

全日本スキー連盟のオフィシャルサプライヤーを務めたスバルは、当時からスキーヤーへ車両を提供するなど、雪道に強いブランドイメージの確立を戦略的に進め、1980~90年代のスキー専門番組「SKI NOW」では、鈴木さん自身もレガシィの撮影を経験している。鈴木さんはその背景について、「雪道に強いイメージが根付いたのは、単にプロモーションの成果だけではない」と指摘する。「大前提として、水平対向エンジンによる低重心やシンメトリカルAWDといった、雪道でも圧倒的に安定して走れる確かな技術力があったからこそです」と、スバルの真価はその基本性能にあると分析している。

鈴木さんが惚れ込むスバルのモノづくり

2026年に乗り換えた鈴木さんの新しい愛車は「レガシィ アウトバック」の5代目(BR型)だ。一般的なクルマは、新車の発売から数年後にデザインなどを少し変えるマイナーチェンジを行ない、その後にフルモデルチェンジを迎えるのが主流だ。しかしスバルは、新型が出た後も1年ごとにどんどん改良を重ねていく特徴があり、中古車を選ぶ際も、年次改良ごとに「A型、B型、C型、D型」と細かくわけられ、D型が出たあたりで、ビッグマイナーチェンジを行なうのが定番となっている。

鈴木さんは、このスバル独特のサイクルについて「少しでもいいクルマにするために、お客さんからの不具合の情報やメーカー自身が気づいたマイナス面を、毎年リアルタイムに改善している証拠です。スバルはそうした1年ごとの進化を惜しまない、生真面目な会社なんです」と言葉に力を込める。続けて、スバルのルーツである中島飛行機や、名戦闘機「隼」のエンジン技術が今のスバル車のエンジンにつながっていること、さらに、本社のマンホールの蓋が中島飛行機の時代のデザインになっていることなどまで、鈴木さんの話は尽きない。

仕事仲間によると「本質的にすべてがちゃんとしていないと納得しない実直な性格」と評される鈴木さん。その妥協を許さない職人気質な人柄だからこそ、スバル車の高い性能だけでなく、企業の誠実なモノづくりの姿勢まで、すべてひっくるめて惚れ込んでいるのだろう。

新しい愛車「レガシィ アウトバック」とともにこれからも雪山や山道をめぐっていく
新しい愛車「レガシィ アウトバック」とともにこれからも雪山や山道をめぐっていく

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