開発ストーリー

ドライバーモニタリングシステム 篇

ドライバーの顔を認識し、
安全運転のサポートとおもてなしを提供する新システム

※この開発ストーリーは、2019年3月に掲載されたものです。

車載ドライバーモニタリングシステムで何ができるのか

中村 亮太氏

中村 亮太氏

 現在日本で発生している交通死亡事故原因の過半数が「安全運転義務違反」だ。中でも「漫然運転」「わき見運転」「運転操作不適」「安全不確認」などドライバーの不注意によるものがその大部分を占めている*1。 5代目フォレスターに搭載したドライバーモニタリングシステムは、そのようなヒューマンエラーを防止することを目的に開発した運転支援システムだ。量産車としては世界で初めてとなる個人認識機能を持った車載ドライバーモニタリングシステムを開発したエンジニアの中村亮太(第一技術本部 電子商品設計部 電子商品設計第二課・開発当時)に話を聞いた。

「開発時にイメージしていたのは“車室内を見守る目”です。運転中のドライバーの様子を見守ることでヒューマンエラーを防止し、安全、安心に寄与したシステムを作りたいというのが第一のねらいです。それだけでなくシステムを応用して“愉しさ、嬉しさ”という要素もプラスしようということで開発を続けてきました。」
 ドライバーモニタリングシステムのユニットはカメラとドライバーを照らす赤外線LEDが各一台、さらにその頭脳部分であるECUで構成され、すべてセンターバイザー上部に収まっている。「このシステムで目指したのは、①わき見運転時の警報、②眠気、居眠り時の警報、③個人認識(量産車では世界初)によるおもてなし、の三つの機能です」(中村)

 安全運転をサポートする①、②の機能は、走行中、一定時間以上目を閉じていたり、顔の向きを前方から大きく外したりするなど、ドライバーに眠気や不注意があるとシステムが判断した場合、警報音や警告表示で注意を喚起するというものだ。また、③は乗車時にドライバーの顔を認識することで、あらかじめ設定しておいたシートポジションやドアミラー角度へ自動的に調整する他、前回そのドライバーがイグニッションOFFした際のマルチファンクションや、メーターのディスプレイ表示、エアコン設定を再現する機能だ。

「このほかにも個人認識することで、ドライバーごとの平均燃費を表示することもできます。個人認識は最大五人まで登録でき、一人ひとりに合わせて細やかなおもてなしを提供します。また、安全運転のサポートという点では、ドライバーモニタリングシステムがアイサイトと連動して、衝突の危険がある状況で、ドライバーのわき見を検知したときには、警報のタイミングを早めるように設定しています。」

  • ドライバーモニタリングシステム 顔認識

    インパネセンターバイザー上部に内蔵されたカメラがドライバーの顔を認識。

  • 認識イメージ

    認識イメージ

  • マルチファンクションディスプレイ

    マルチファンクションディスプレイ表示。
    個別顔認識によるウェルカムメッセージ(上)と、
    眠気を検知したときの警告表示(下)。

  • おもてなし機能 イメージ

    おもてなし機能。乗車時にドライバーの顔を認識し、
    シートポジションやドアミラー角度、空調などを自動的に再現する。

画像からドライバーの意思を読み取る

 画像を使った顔認識・個人認識システム自体はそれほど真新しいものではない。空港のセキュリティカメラやゲーム機等ですでに採用されている。しかしそれをクルマに搭載するとなると話は別だ。
「走行中の車内は光のコンディションがめまぐるしく変わり、ちょっとした路面の凹凸でもドライバーの顔は揺れてしまいます。車載するドライバーモニタリングシステムはこうした環境条件の中でも常に安定した認識性能を発揮しなければなりません」

 あらゆる方向から差し込んでくる光の変化や、被写体となるドライバーの揺れなど、さまざまなノイズに対して常に安定した認識性能を持つシステムを開発するためには、実際にさまざまなコンディションの中でクルマを走らせて実験する必要があった。
 「さらに、ドライバーがどんな挙動をしたときに“わき見”や“居眠り”と判断するのか? を定義付けなければなりませんでした。開発時に意識したのは“安全のためのシステムが運転中に煩わしさを感じさせてはいけない”ということでした。ドライバーモニタリングシステムがとらえた画像からドライバーの状態だけでなく、その意図までをも正確に汲み取る必要があったのです。」

 たとえば車線変更時にドライバーが後側方の安全を目視確認している動作を“わき見”と判断して警報を出せば、ドライバーにとってそれは煩わしさとなり、システムをOFFにしてしまうことになる。
 光や揺れに対して常に安定した認識性能を発揮し、ドライバーの動きからその意図を正しく判断するシステムを開発するため、クルマの内外を複数の視点から同時に撮影するカメラを積んだ試験車をつくり、さまざまな人に運転してもらうという実験を行った。

「右左折や車線変更があり、東西南北から外光が射し込み、市街地走行もあるという条件を備えた1ラップ約30分のコースを設定し、被験者を募ってさまざまな人に普段通りのスタイルで運転してもらいました。その実験を行うことでカメラの認識性能を高めるとともに運転動作の詳細な統計データを作ることで、どんな動きが“わき見”や“居眠り”なのかを判断する領域を見出していきました。今回最も時間をかけて取り組んだのがこの部分です。たとえば同じ振り返る動作でも、その時のステアリングやウインカーレバーの動きといったクルマの状況、振り返っている時間などの情報を組み合わせることで、それが“わき見”か“後方確認”かを見極めることができるのです」

最大の壁は、運転視界に関するSUBARUのきびしい掟

ドライバーモニタリングシステム ユニット

センターバイザー上部に内蔵されているドライバーモニタリングシステムのユニット。
コンパクトで薄く仕上げられている。

 今回の開発においてそれ以上に困難だったことがある。それはSUBARUならではの高いハードルだった。
「ドライバーモニタリングシステムのユニットを配置する場所がなかったのです。SUBARUのクルマづくりにおいては、運転視界の良さやメーター類の視認性、スイッチ等の操作性など“0次安全*2”に対する厳格な取り決めがあるため、運転視界を妨げる場所に余計なものをレイアウトすることは許されなかったのです。ドライバーモニタリングシステムはどうしてもドライバーを前面から認識しなければならなかったので、当初はどこにもユニットを配置できるスペースが無いのではないかと思うほどでした。」

 将来構想も含めて検討した結果、最終的にセンターバイザー上部に内蔵することになったのだが、ここもドライバー席からの左前方視界に影響する部分だ。
「とにかく少しでも薄くユニットを仕上げる必要がありました。そこで、カメラとLEDを収める部分は樹脂材料を用いてバイザーの形状に合わせて私たちの部署でデザインしました。その奥に組み込まれるECUも0.1㎜単位で高さを抑えるように工夫を凝らし、ユニット全体を最小約10㎜の高さで仕上げたのです。」

コクピットイメージ

フォレスター『Advance』のコクピット。
運転視界を妨げないよう、センターバイザー上部にユニットが内蔵されている。

 ドライバーモニタリングシステムを装備しているフォレスター『Advance』と、それ以外のグレードのフォレスターのコクピットに座ってみても、ほとんどの人はその違いに気づくことはないだろう。ドライバーモニタリングは、「ドライバーの痒いところに手が届くようなおもてなし」を提供し、「ベテランドライバーでも犯しがちな一瞬のヒューマンエラー」を防止するという、人に寄り添った新システムだ。

そして、その新たな装備は全て直接視界を妨げることがないよう、僅かなスペースにひっそり収まっている。SUBARUの安全に対する妥協のない想いは、目立たないところにも現れているのである。

*1:法令違反別死亡事故発生件数(平成28年)より
*2:0次安全…事故に遭わないための基本設計。クルマのカタチやインターフェースといった基本的な部分のデザイン・設計を工夫することで、疲れにくく、運転に集中できるクルマづくりをしようという取組み。