開発ストーリー

リニアトロニック 篇

CVTのパイオニア、新たなる挑戦

※この開発ストーリーは、2010年8月6日に掲載されたものです。

リニアトロニック

ギアをもたない新時代の動力伝達機構

 2009年5月に発表された5代目レガシィに、SUBARUが新たに開発したトランスミッション『リニアトロニック』が搭載された。これは、新たなトランスミッションではあったが、その背景にはSUBARUが世界に先駆けて量産開発した「CVT(Continuously Variable Transmission)」の、四半世紀にわたる地道な技術開発の積み重ねがあった。ここでは、その長きにわたるパイオニアとしての歩みを紹介しよう。

 SUBARUにかぎらず自動車を運転するときは必ずトランスミッションを操作しなければならない。日本語では「変速機」と表記される機構だ。エンジンの回転数やクルマの速度に応じて、変速比を切り替えて、エンジンが発生する力すなわちトルクを効率的にタイヤに伝達する機構である。
 このトランスミッションには、ふたつのタイプがある。マニュアル・トランスミッションとオートマチック・トランスミッションである。マニュアル・トランスミッションでは、変速比を切り替える際に、ドライバーがクラッチ・ペダルを踏んで、シフト・レバーを操作する必要がある。オートマチック・トランスミッションは文字通り自動的に変速比を切り替える機構だ。クラッチ・ペダルがなく、シフト・レバーもない。そのかわりにドライバーはセレクト・レバーを操作する。

 そのオートマチック・トランスミッションには2つの種類がある。たとえばレガシィ(2009年モデル)には、「リニアトロニック」と「E-5AT」が搭載されている。「E-5AT」は複数のギヤを組み合わせた5速トランスミッションを自動化したものだ。ギヤの組み合わせを変えることによって変速比を変える。これは従来から使い慣れた種類のオートマチック・トランスミッションである。

 もうひとつの「リニアトロニック」こそ、「理想の無段階トランスミッション」と評される新世代のオートマチック・トランスミッションである。従来は「CVT」と呼ばれていたギヤを使わないトランスミッションだ。
 SUBARUは乗用車用CVTを、他社に先駆けて量産実用化した。その先進技術の開発に成功したと発表したのは四半世紀以上前の1984年(昭和59年)である。「世界初の電子制御電磁クラッチ式無段変速機CVT」として技術発表している。
 CVTの量産市販は、技術発表から3年後の1987年2月になった。「世界初のスーパーオートマチック」と銘打ったSUBARUジャスティECVTの発売である。さらに同年7月に軽自動車SUBARUレックスECVTを発売している。このECVT単体は、日本とイタリアの自動車メーカーへ販売され、それらのメーカーの量産市販車に搭載された。SUBARUのECVTは、メーカーの枠組みをこえて必要とされる先進技術であった。

「理想」を実現した先人たちの思い

1987年ECVTカタログより

 CVTとは、コンティニュアスリー・バリアブル・トランスミッション(Continuously Variable Transmission)の頭文字である。日本語では無段変速機あるいは直訳で連続可変変速機と表記される。
 CVTは、ふたつのプーリーを金属ベルトでむすんだ構造をしている。エンジンのトルクが伝わっているのがプライマリー・プーリーで、金属ベルトによってプライマリー・プーリーからトルクを伝達されているのが、もうひとつのセカンダリー・プーリーだ。セカンダリー・プーリーはドライブシャフトやプロペラシャフトを介してトルクをタイヤに伝えている。

どちらのプーリーも、油圧で金属ベルトをしっかりと挟み込みながら、プーリーの径を滑らかに変化させることができる。プーリーの径を変化させることによって、変速比を変えているのだ。たとえば従来のロー・ギヤの状態は、プライマリー・プーリーの径がもっとも小さくなり、セカンダリー・プーリーの径がもっとも大きくなったときである。従来のトップ・ギヤの状態は、その逆ということになる。

 このCVTの基本理論は1930年代に考案されていたものであったが、当時は量産実用化する技術が不足していた。基本理論があり、それが「理想の無段階トランスミッション」であると世界中の自動車技術者が注目していたのだが、量産実用化できなかったのである。乗用車用に量産実用化できるまでに50年以上の時間が必要であった。すでに述べたが最初の乗用車用量産実用化が1987年のSUBARUジャスティECVTである。「理想の無段階トランスミッション」と呼ばれるだけあって、この機構を量産実用化するのは、それが「理想」であったために最初から困難をきわめていた。「理想」と呼ばれるものを実用化するのは、困難で大変なことは言うまでもないだろう。

 SUBARUにおいても、既存技術の電磁クラッチとCVTコンポーネントを組み合わせたジャスティECVTから始まり、それをベースに油圧制御をフル電子制御化したヴィヴィオスポーツシフトECVTに成長させ、さらにトルクコンバータと組み合わせて性能を向上させたプレオiCVTへと進化させてきた。いずれも軽自動車からリッターカーに搭載してきたものだ。

パイオニア故の苦闘

安並 正治氏

 しかし、レガシィ、フォレスター、インプレッサという大きなトルクを発生する2リッター前後のエンジンを搭載した日本規格における中型車用のCVTの開発は、それほど簡単には進まなかった。
 スバル技術本部トランスミッション設計部でリニアトロニックの開発を担当した安並正浩は、こう言っている。
「CVTは、エンジンの一番おいしい最高効率のところを活かすことができるので、燃費を向上させる。そればかりか滑らかに変速する。これは素晴らしいトランスミッションであることは、もちろん理解していました。ですからレガシィにかぎらずSUBARUの中型車すべてに搭載すべきだと考えていました。しかし SUBARUの技術者たちは、30年ほど昔からCVTの研究開発をしてきた先駆者であることから、その難しさを身に染みて知っています。しかも先駆者であるために、参考にできる文献や研究データがありませんから、すべての技術開発研究を自分たちの頭と手で開拓していかなければならなかった。したがって CVTという技術の表も裏もよく知っています。そうなると慎重にならざるを得ません。なぜならば、お客様を心底から満足させるトランスミッションでなければならないわけですから、それが実現できるまで骨身を削るような研究開発を続けるしかなかった」

 その技術開発の困難さというのは、たとえば特性や性能のことである。CVTは、従来のギヤを使ったトランスミッションとは別の次元の特性や性能がある。その特性や性能を、ギヤ式のオートマチック・トランスミッションに馴染んできたユーザーに納得していただくためには、ドライバーの運転感覚にぴたりと合ったフィーリングに仕上げなければならない。すこしでも違和感を与えてはならないわけである。そこまで特性や性能を磨き切らないと実用化はできない。

 もうひとつ「骨身を削る研究開発」が必要だったのは、そのサイズである。たとえばレガシィにCVTを搭載したとして、そのことによって乗員のための室内スペースが狭くなるようなことがあってはならなかった。ましてやドライバーの運転姿勢を不自然なものにするようでは、いくらそれが高性能なメカニズムであったとしても、採用しかねるわけだ。

 SUBARUの技術フィロソフィは「人間尊重」だ。だから人間に無理を強いる技術は、それがどんなに高性能であっても市販実用化はしない。これが SUBARUの矜持である。この技術フィロソフィがなければ、今日まで多くの人たちがSUBARUを愛用してくれなかったと信じている。

理想を求め続けた30年間

 そうした技術フィロソフィから考え詰めていくと、研究開発のなかで何度も試作したCVTは、ほんの少しだがサイズが大きかった。小さくする目的で、すべての技術を投入して設計した試作モデルが、それでも少しばかり大きすぎるとなれば、技術開発は大きな壁にぶち当たってしまう。
 技術の王道とは、小さく軽くしていくことだから、これは本質的なところで大きく、しかも厚い壁であった。この大きく厚い壁を突破して前進することこそ王道を歩むことだが、それが王道であるがゆえに、小手先の技術では解決できないので、困難さをきわめるのである。
 その少しばかりサイズの大きい試作CVTを無理矢理に量産実用化してレガシィに搭載してしまえば、それまでスバル技術本部が情熱をそそいで磨いてきたレガシィの全体的なメカニズム・バランスを崩してしまうことになりかねない。そんなことがスバル技術本部の技術者たちにできるはずもなかった。たったひとつの新技術にこだわるあまり、全体にメカニズム・バランスを崩してしまうのは本末転倒というものである。しかし何度も繰り返すようだがCVTの機構は、レガシィのみならずSUBARUの小型車には絶対に必要な技術であった。これはたしかに大きな厚い壁としか言い様がない。

 だからSUBARUのCVT研究開発は停滞しているかに見えてしまった。もちろん停滞していたのではない。長い長いステップボードを、じわじわと前進していたのである。その時間たるや30年という長期に渡った。クルマという大衆商品開発にとって、この開発時間の長さは異例である。商品開発というよりは基礎技術の研究と言っていいほどの長さだ。
 どうしてそのような膨大な時間が必要であったかといえば、SUBARUの技術者たちが諦めるということを知らなかったからである。「理想の無段階トランスミッション」をすべてのSUBARU車に搭載しようという志を持続したからである。それがお客様に喜んでもらえる燃費を向上させ運転する楽しさを増やす技術だからだ。

8mmの技術革新

 その大きく厚い壁を突破することが可能になったのは「厳しいスペース制約の中で要求諸元を満足するチェーン・タイプの金属ベルト開発に成功したからだ」と安並正浩は言っている。
 従来のベルトタイプは、エレメント(駒)と積層リングによって構成され、プーリーでエレメントを挟み込み、エレメントを押すことでトルクを伝えている。ベルト幅を大きくすることで大きなトルク容量にも対応することができるが、それによってプーリーやユニット全体のサイズも大きくなる。これに対してチェーン・タイプの金属ベルトは、プーリに接触してトルクを伝達するロッカーピンと、複数のロッカーピン同士を結んでチェーンを形成するリンクプレートによって構成されている。

このチェーン・タイプ金属ベルトは、従来の金属ベルトより、巻き掛け径を小さくすることができ、リニアトロニック全体のサイズを小型化することが可能になった。さらに大きかったのは、従来タイプにあったロスが少なくなり、一段と効率を良くすることができることであった。
早速ドイツのメーカーから、チェーン・タイプの金属ベルトを入手し、試作モデルに搭載してみた。そのときのフィーリングを安並は次のように話している。

「走り出しが軽いのです。走り出してみると、タイヤのころがりが軽く感じます。またあきらかに伝達ロスが少ないということが体感できました」

 これならば新しいオートマチック・トランスミッションだとお客様にご満足していただけると確信したが、ことは簡単ではなかった。チェーン・タイプの金属ベルトを開発・生産しているドイツのメーカーからは、それを挟むプーリーの製作に対して非常に高い要求があったのだ。プーリーは群馬県にあるSUBARU の工場で製造する。メーカーが要求するレベルのプーリーを作るためには、材料だけでなく、熱処理加工の仕方や表面の仕上げ方まですべてを一新しなければならなかった。
「リニアトロニック用のプーリーは、わたしたち開発サイドだけでなく、生産技術や製造なども含め、たくさんの方が関わって、成し遂げられました」
 リニアトロニックは、単にメーカーからチェーンを仕入れるだけで成立するようなシステムではなかったのである。
 肝心の小型化については、どうだったのか。

「チェーン・タイプの金属ベルトを採用して設計してみると、予想どおりプーリーを小さくすることができた。また、芯間(ふたつのプーリーの軸と軸の距離)を、8㎜短縮できた。この8㎜短縮がリニアトロニック全体の小型化にとって実に大きな数字でした」

 たった8㎜であるが、比喩としていえば、この8㎜の短縮のために四半世紀以上の時間が必要だったということだ。大人5人が快適に乗れるレガシィの大きさのなかで、その核心的な技術を決定するのがわずか8㎜とは、なんという微妙な数字であろう。たった8㎜、されど8㎜といわざるを得ない。

リニアトロニックはさらなる高みを目指す

 こうして2009年に発売されたレガシィ・シリーズに“リニアトロニック”が搭載された。クルマの動きをドライバーの意のままにリニアに制御するまったく新しいトランスミッションであるとの思いから、従来のCVTという呼称を止め、新たに“リニアトロニック”という名称が与えられた。

「リニアトロニックはコンパクトでありながら将来的には350N・mの大容量のトルクまで伝えるポテンシャルを持っています。また、従来のCVTよりも伝達効率が良く、燃費を向上させ、さらにドライバーをふくめた乗員全員が快適な移動を楽しめる新しいオートマチック・トランスミッションに仕上がったと思います」

 計算上は、4ATと比較すると10%、5ATと比べると6%から8%、それぞれ燃費が向上している。燃費を1%向上させるのも至難の技といわれる現代の自動車技術のなかで、この大幅な燃費向上は目を見張るものがある。現代は地球温暖化の要因であるCO2削減が世界人類のテーマであり、自動車という商品にとっては燃費向上こそが、そのテーマに応える指標となる。レガシィはそれをひとつ実現したのであった。

 スバル技術本部トランスミッション設計課で研究開発を続けてきた安並は、工場研修でもトランスミッションのラインで働き、ドイツに駐在していたときもトランスミッションの調査研究にあけくれた。まさにトランスミッションひと筋にSUBARUの技術を追求してきた技術者である。完成したレガシィを眺めながら安並はこれまでの長い道のりに思いを馳せていた。

「CVTを世界で初めて市販したSUBARUの先輩たちは、このリニアトロニックを見てなんと言うだろう・・・。また、開発過程で知り合った、チェーン・タイプの金属ベルトを作っているドイツのエンジニアが教えてくれた諺を思い出しました」それは、“長く時間をかけたものは、いいものだ”という意味のドイツの諺だった。

「どのようなプロセスがあったにせよ、年月をかけたものは信頼できる、いいものなのだ。確かにそうなんだろうし、そうあるべきだと改めて思いました」
だが、安並は「これで終わりではない」と言い切る。

「お客様のご意見をお聞きして、さらなる進化をさせていきたいと思います。私たちはリニアトロニックを量産実用化させたという段階に達しただけで、これを進化させて、もっと素晴らしいトランスミッションにしていくという仕事があります。技術開発に終わりはありません」

 安並はスバル技術本部の技術者のひとりとして、淡々とした簡素な言葉で決意を述べていた。
 その決意こそ、地球自然環境の悪化をふせぎつつ、乗員全員が快適で楽しく安全に移動をするクルマを提供していこうと考えるSUBARUの最大の意志であることは言うまでもない。

  • Technology テクノロジー
  • Design デザイン
  • Development Story 開発ストーリー